13. 入れ喰い
複数の咆哮が聞こえた。合間の地響き。
「やってるな……」
今の場所から見えている頭は三つ。
しかし聞こえてくる咆哮の数はその倍以上だった。
冒険者パーティ――ミスリルの宴と名乗った――のメンバーがぶるりと震えたのが、目の端に入る。
「俺たちが囮になって右側を倒す。君たちは左側を倒してくれ」
手近で戦うレッサードラゴンは二頭で互いにしか目に入っていない。冒険者からすると隙だらけで、あえてどうこうする必要はなさそうだ。
それでも念のために死角から近付き、同時に倒すことで危険を最小限まで抑えようと考えた。
一同を見回すと、緊張で顔が少々強張っているものの強くうなずく。
「ニール、行こう。先刻までと同じように落ち着いて膝裏を斬り付ければ十分だ。しかも今回は俺たちが目に入ってないから、多少楽だぞ」
「……ああ」
言葉少なめに返事が返ってきた。
直立に近い体勢のレッサードラゴンの首を狙うのは、少しどころではなく大変だった。
両足にバフをかけ、助走をつけるようにして跳躍してようやく手が届く。落下の勢いも借りて斬る直前、視界の端に俺の姿が入ったらしい。至近で目が合う。
だが………………遅い!
直後に革の奥深く頸動脈を切り裂く。
数瞬遅れて、大きく巨体が崩れ落ちる。
俺は巻き込まれないようにレッサードラゴンの身体を蹴った反動で、離れた場所に着地した。
「やったな……」
ニールと合流するよりも前に、もう片方も倒れた。
手早く収納袋に獲物を仕舞う。
「簡単だろ?」
「ああ、気付かれないようにしなくて良い分、簡単だった」
「案外、どうにかなるもんなんだな」
素早く合流した『ミスリルの宴』もニール同様、楽だったと返してくる。
「今の要領で、一対一で戦うレッサードラゴンを倒す。三頭や四頭で乱闘になっているのも、同じように倒せるが、踏みつぶされる可能性があるから後回しだ」
「わかった。俺たちはトールさんに付いて行って、相手側を倒せば良いんだな?」
「ああ、それで行こう」
話はあっさりとつき、駆け足で次の獲物へと向かった。グズグズしていると乱闘で皮に傷が増える。
さして時間をかけず四頭ずつ倒し終えた。残りは三頭、今まで通り倒すと一頭余る。
「残り一頭は『ミスリルの宴』に譲っても良いかな?」
「それで構わない」
分け前は減るが、ニールは納得したように同意する。俺たちは二人、『ミスリルの宴』は四人だから、一人当たりの取り分を考えたら、譲ったところで俺たちの方が多いのは変わらないからだろう。
「良いのか?」
「ほかの冒険者がどう倒すか見るのも勉強になるだろう?」
分け前を考えて譲ったのが一番の理由だが、ニールに他人の戦い方を見せたいというのもあった。
「俺たちは嬉しいが、君は良いのか?」
「今日、初めてドラゴンを倒したんだ。四〇階層まで下りたのも初めてで……。できればあんたたちの戦い方を見てみたい」
俺の意図を察したニールも同じように同意して、あっさり分配が決まった。
「わかった。じゃあ代わりにあんたたちが倒した後、少し時間を置いてから二頭目にかかる。特等席で見ててくれ」
ニヤリと笑ったリーダーが、ニールが見学しやすいように提案してくれたのだった。
「飯にしようか……」
まだ陽が傾くような時間ではなかったが、早々に夜営の支度にとりかかった。講習の最中とはいえ、ダンジョン内の異常事態に調査が必要になり、この場に留まる必要があったからだ。『ミスリルの宴』の方も、レッサードラゴンを倒してすぐに階層を上がると、寒冷階層で夜営をする羽目になる。寒いのはゴメンだとばかり、四三層で一晩過ごし、翌朝から地上に戻り始めた方が良いと判断したのだった。
「鶏肉以外があるなら交換してほしい」
肉は潤沢にあるとはいえ、魔鶏の肉のみだ。実は緊急用にほかの肉もあるとはいえ、あくまで緊急用であり、何があるかわからないダンジョン内で不用意に手をつけられなかった。
「猪と魔牛の肉ならある。それとソーセージだな」
「ありがたい」
出されたのは調理済みで焼いた肉のほかに煮込んだものなど、バリエーション豊かだ。ダンジョンに潜って三日、三食鶏肉だったから、違う肉を食べられるのは非常に嬉しい。
話ながらも骨で出汁を取る。早めに夜営の支度を終えたからこそできる時間の使い方だ。複数のハーブを放り込み、吹きこぼれないように火からの距離を調節する。ついでに手つかずで残っていた砂肝を串に刺して炙る。脂が滴り十分に火が通ったところで強めに塩を利かせる。
「ソレ、食うのか?」
「美味いぞ」
魔獣の内臓は冒険者でも忌避する連中がいる。だが、微量とはいえ魔力を回復させる優秀な食材だ。新鮮なものを捨てるのは勿体ない。
「騙されたと思って食ってみろ、悪くないはずだ」
肉を串から外して皿に取る。俺以外の全員が嫌そうな顔をする。
「魔力が回復するんだけどな」
「……!」
小さく呟くように聞かせた独り言だったが、一気に目の色が変わった。ゆるゆるとだが手を伸ばし、全員が口にする。
「旨い」
「イケるな」
「悪くない」
口々に呟くと残った串に手を伸ばした。数羽分の砂肝が一気に無くなる。俺の口には入らなかった。ニールは二〇代前半、『ミスリルの宴』は少し年上とはいえ、俺と比べなくても十分に若い。多分だが、俺が食べなかったのには気付いてないだろう。まだ食べ盛りの年頃なのだから仕方がない。
ほかにレバーとハツもあるが、こちらは量的に足りないから出す予定はない。解体部のウェスクへの土産にする予定だ。レバーの半分くらいはペーストになって返ってきそうだが。
そうこうしているうちに煮込んでいた鳥ガラスープが完成する。 『ミスリルの宴』が野菜類を提供してくれた上に、鶏肉を大量に放り込んでいるから食べ応えがある。味付けはウェスク特性スパイスと塩に加えて生姜。これから極冠層を超えて戻るなら、身体が温もるスープがいい。いくら夏の終わりとはいえ、寒い階層は寒いのだ。




