10. ヘラジカ狩り ―ダンジョン3日目―
四三層に到着したのは夕方近くだった。
普通に歩けば昼過ぎには辿り着けたのだろうが、臨時の魔法の講義で時間を取られた。教えるのは骨が折れるかと思ったが、既に魔法を使えているため、魔力を感じるところから始める必要がなかったのは良かった。魔力を使うのも非常に限定的だったから、変な癖がないのも幸いだ。
とはいえかなり初歩の段階からの説明をした上に、熟練度がモノをいうこともあって、それなりに時間はかかったが。
「夜営の前に、一頭くらい狩っておくか?」
「そういう軽いノリで倒せる獲物だったのか!?」
少々感情的な返しだった。
龍とはいえ最小最弱、所詮は"劣等"種でしかないのに。
「圧倒的に力が足りないが、図体のデカさや攻撃力を知っておいても良いと思うがどうだろう?」
「どうだろう…………って俺が聞きたいよ。攻撃は入ってもかすり傷しかつけられないだろうが」
冒険者が弱腰なのはいけない、ここは少し自信をつける方向か……?
「レッサードラゴンが難しいなら大箆鹿はどうだ? アレも大概デカいぞ。その上、極冠狼よりノロくて、銀狼より力が弱い」
「大灰色熊と同じくらいデカい上に俊敏で、極冠狼よりも力が弱いってことだろ?」
少々ネガティブな言い方だった。事実ではあるが、名の上がった魔獣はすべてC級相当でしかない。B級に近い実力を持つ冒険者が狩るような種とはいえ。
いまだニール一人で狩るには難しい魔獣もあるものの、近い将来何とかなりそうである状況で、この認識はいただけない。
「そういう例えもできるな。だが大箆鹿は草食だ。無暗に襲ってこないぞ」
ただし、敵には容赦しない苛烈な一面もある、とは言わないでおく。先ほど見たボウアイベックスよりもはるかに図体がデカいことも。
初めて足を踏み入れる階層に、ニールは少々過敏になり過ぎている。今後の冒険者活動を考えると、不安材料は少ない方が良い。四一層より下は上の階層――地上とさして変わらない自然環境と、地上より一回り大きく力強い程度の魔獣がほとんどを占めるものとは、一線を画しているのだ。
荒っぽいが限界まで引っ張っていくつもりであり、ニールはついてこられるポテンシャルを持っている。
魔力反応を探り、それっぽい反応を見つけると進路を合わせた。
できるだけ静かに移動すると、少し開けた場所に群れで草を食む大箆鹿を発見。地上では群れを形成しないらしいが、ダンジョン内では大規模な群れを作ることもある。
「角が立派なヤツを狙おう」
小声でニールに伝える。
「狩るのはイイけど、ヤツらの速度についていくのは難しいんじゃ?」
「群れの前に回る。後はコレの出番だな」
そういって小型の矢を見せた。腕に装着できるほど小さな弩で射るものだ。
「空に向かって放つと、落ちてくるときに音が鳴る」
鏃の代わりに小さな筒がつく。殺傷力はほぼないが、甲高い音を出しながら落下するのだ。
この階層は下草の丈が高い。隠れながら移動するのは容易だった。
ニールと二人、少し距離をあけると、真上より少しだけ角度を付けて矢を放つ。
――!!
風が抜けるような音を立てて矢が落下に入ると同時に、大箆鹿が一斉に走り出す。
矢は狙い通り、群れの後方に落下軌道を取って――俺たち目がけて走り出してきた。
「潰されるなよ!」
重量級の草食獣の群れだ。うかうかすると踏みつぶされる。
とはいえ向こうも前方の敵に対して回避行動を取るから、早々危険な目には遭わないが。
獲物に対して前方から走りよるため、足の速さの差はどうとでもなる。二頭仕留めたところで、群れが完全に走り去った。
「どうだ?」
「悪くない成果だ」
収納袋に入れながらニールを確認すると、満面の笑みをしている。足元には体格の良い雄が三頭。頸への一撃と中々状態が良い。査定額が期待できそうだった。
「三日間で随分、腕を上げたな」
「ああ、あんたのおかげだ!」
素材をできるだけ少ない傷で倒すコツが身に付いたみたいだ。今日までの講習でも、現状で十分やっていけるだけの技術が身についている。
――これならC級まで直ぐだな。
多分、一か月か二か月といったところか。どれほど遅くても三か月かからずに昇級可能だろう。冒険者になってからの経験年数からするとやや遅いくらいだが悪くない。
それ以上にまともに稼げるようになれば装備を一新でき、充実した冒険者生活を送れるだろう。
とはいえ現状に満足してしまえば、その先はない。
ここはレッサードラゴンを倒す感触を得てほしい。
「今日はここまでか」
「どこら辺で夜営する?」
これ以上は完全に陽が暮れそうだ。納得いく戦果を出したところで、狩りを終えるのは気持ちが良い。
「そうだな……」
どこが良いか、四三層の地形を思い出しながらこたえた。
陽が暮れるのとほぼ同時くらいに、夜営の支度が終わった。
――少々、欲張りすぎたな。
完全に暗くなりきる前に食事が終わるくらいにすべきだった。角灯に使う魔石がもったいない。魔力を補充すれば再び使えるとはいえ、魔力量の少ない平民には貴重なのだ。
周囲に張った結界は認識阻害効果があり、明るくても魔獣が寄ってくることがないことは幸いだったが。
「鶏の捌き方を教えてくれ」
ニールの思いのほかの食べっぷりに、昨晩二羽目をおろした。今夜、三羽目を捌くと少々多すぎになるが、収納袋に入れておけば劣化はない。
それよりもやる気を削ぐ方が問題であるし、現地調達した食糧を調理できないのでは困る。
「構わないよ」
二つ返事で引き受けて、横に並んで魔鶏を捌いた。一度では難しいだろうが、何度かやれば覚えるだろう。それに魔獣の捌き方なら、冒険者ギルドの定期講習に入っている。今回、覚えきれなくても、地上に戻ってから受講すれば問題ない。参加者の多くはD級やE級冒険者だが、戦闘系の講習と違って、C級冒険者が混じることもある。ニールが参加しても悪目立ちしないだろう。
「ムズいが、これで食糧に困らなくなるんだったら頑張れるな!」
少年のように目をキラキラさせている。
食べることが好きなようだから、肉を捌くのは楽しいのかもしれない。
「慣れるまで大変だが、覚えたら簡単だ。食糧の現地調達はよくあるから、鶏の捌き方だけでなく食べられる野草や果実なんかの講習もある。若手以外の冒険者も受講してる。何だったら冒険者以外も。原則、冒険者のみだが、ここら辺の大人は幼いころにF級冒険者として薬草採取で小遣い稼ぎをしてるから、一応は冒険者扱いできる」
「抜け穴だな」
「冒険者以外も受け入れる余地があるからな」
割と頻繁に講習を行っているというのもあって、満員になることがないからできるのだった。




