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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
2章 ダンジョン講習

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09. 四一層 ―ダンジョン3日目―

 冒険者パーティを三五層まで送り――探査魔法があまり得意でなく自力で森を抜けられなかったのだ――折り返して三七層に向かう。道中、特に問題は出ず、ニールに付き合ってベリーを摘みながらという、なんとも穏やかな道のりだった。

 四〇層で夜営をし、早々に四一層に到着した。この階層から下でドラゴンを狩る。


「なあ、俺には早すぎる階層なんじゃないか? ドラゴンどころか熊でさえ無理なのに」

 昨夜と同じ、鶏肉をパンで挟んだだけの夕食を美味そうに食いながら聞いてきた。


 昼間の、無茶をするなと言ったのを気にしているらしい。

 確かに今のニールには、四〇層どころか三六層以下でも難易度が高すぎる。


「君の場合、そう遠くない将来に自力で来れるようになるからな。狩り方を見て、実力以上の階層に連れて行っても損がないと判断した。レッサードラゴンはドラゴン種の中で一番小さくて弱い上、狩り方の基本は今まで倒した魔獣と変わらない。覚えていれば今後の訳に立つだろう?」


 なるほど、と口が小さく動いた。

 ニールは独り(ソロ)で活動しているし、ほかの冒険者との交流もなさそうだ。今より下の階層に行ったところで、ドラゴンの倒し方を教えてくれる知り合いはいなさそうだった。


「本来、ダンジョン講習はD級になりたての魔獣討伐に不慣れな冒険者向けであって、君くらいの実力を持つ冒険者はダンジョン講習の対象外なんだ。教えられる機会は今回限りだろう。だったら今必要な技術だけでなく、今後も見据えた方が良いと思わないか?」


「確かに……」

 まだ実力的に倒すのが難しい魔獣も、すぐに狩れるようになる。

 今日までの道中、独り(ソロ)で倒せないのは大灰色熊(グレートグリズリー)くらいだったが、そのうちにどうにかなりそうである。


「下層までなら今回の講習内容そのままか、その応用で凌げるだろう。深層まで潜るなら話は変わってくるが、かなり先の話だ。今は教えるのも難しい」


 深層はA級相当の実力がないと厳しい。

 俺はB級冒険者とはいえ最深部以外なら指導することも可能だ。現在のニールの実力では有意義とは思えないから、今回そこまで行く気はないが。


「四三層まで潜ると、ドラゴンをそれなりにみかけるようになる。ほかの魔獣もそれなりに手強い。良い練習になると思う」


「三〇層より下は来たのは初めてなんだ。四一層だってどういうところか想像がつかないよ」

 そういうニールは、明日が楽しみだと言いながら食事を食べ終えた。昨日に続き良い食べっぷりだった。




「さあ、行こうか」

 手早く朝食を食べ四三層を目指す。今回の講習の最終到達点だ。

 もっともその手前で十分な数のレッサードラゴンがいれば、そこから折り返しても良いのだが。多分、そうはならないだろう。


「四〇層になると、また雰囲気がかわるな」

「上の階層はずっと森だったからな」


 今歩いているのは岩肌が剥き出しの場所だが、遠くには森も見える。まるで地上を歩くような景色という共通点以外、ダンジョンの各階層に共通点はない。

 四一層になると、その共通点がガラリと変わった。


「大きい……」

 地面を這うように生えていた雑草が、脹脛の中腹くらいまである。樹木の高さも上の階層よりも遥かに高い。スケールが段違いなのだ。


「鷹とか鷲のような猛禽類もデカいぞ。四〇階層台ならそこまででもないが、五〇層以下になると人が襲われるほど大きい種がいる」

本気(マジ)か」


「嘘を言っても仕方ないだろう」

 単に驚いているだけなのはわかったが、取敢えずツッコんでおく。

 そんな感じで雑談をしながら四二層を移動していたとき、咆哮が聞こえた。


「レッサードラゴンがいるらしい」

 ニヤリと笑ってニールに声をかけると、ビクリと小さく身体が震えた。


 初めて聞く龍の咆哮に、少しばかり驚いているようだ。

 だが気にせず「行くぞ」とだけ言って、声の方向に走り出した。


 数分後――。

 胸元から血を流すレッサードラゴンと、対峙するボウアイベックスがいた。


「デカいな……」

 ニールの呟きが、ドラゴンに対するものなのか山羊に対するものなのかわからない。


 弓の名を持つ山羊種の魔獣は草食だが少々気が荒い。とはいえダンジョンに住む山羊の中では比較的おとなしい方だが。人の背丈よりも大きいとはいえ、その倍近い背丈の獣からすれば小柄だ。大きな角が皮を貫くとはいえ、一対一(サシ)では勝ち目がない。


「怪我を負わされて怒り狂ってるな」

 暗く黄色味を帯びた緑の皮が赤く汚れている。大した出血量ではないが、感情的になるには十分だったらしい。


「じゃあ、食い合いに割って入ろうか。援護するからドラゴンの脚を斬りつけてみるか?」

「はぁ?」

 何を言っているんだと言いたいみたいだ。

 だが伊達や酔狂で提案した訳ではない。


「上の階層で何種類も狼を倒しただろう? 多少は魔獣の早さに慣れたんじゃないか? 図体のデカさと力の強さは大灰色熊(グレートグリズリー)よりあるが、あれよりも動きはニブい。一撃当てて離脱するくらいはできるだろう?」


 人の身長の三倍ほどもある身体から繰りだされる攻撃は、凄まじいとはいえ当たらなければ意味はなく、C級相当の実力のニールでも避けるくらいは問題ない。


本気(マジ)か……」

「試してみるか?」

 笑いかけたら「うっ」と言葉に詰まっていた。踏ん切りが悪い。


「頭に一撃喰らわすから、タイミングを合わせて前脚を斬り落とせ」

 収納袋(マジックバッグ)から弩を取り出す。大灰色熊(グレートグリズリー)を遠距離から倒すという話をしたときに取り出したものだ。


「狙うのは前脚だ。後ろ脚は尻尾で跳ね飛ばされる危険があるからな!」

 矢をつがえながら指示を出し、続いて「走れ!」と檄を飛ばした。


 ニールとタイミングを合わせて矢を放つ。

 直後に膝を使った射撃体勢から跳ね上がりながら弩を収納し、俺もレッサードラゴンに向かう。

 矢が側頭部に突き刺さったのは、走りながら確認した。


 ――よし、離脱したな。


 ニールが一撃を与えた後、素早く退避したのを視界の端で捉える。

 レッサードラゴンが倒れても下敷きにならないのを確認した直後、頸の付け根を剣で切り裂く。

 ドゥッという音を立てながら倒れ込んだ。


 俺の二度の攻撃で、身体を起す力を失ったのだ。

 デカい図体が横たわると、すかさず頭を斬り落とした。


「どうだった?」

 完全に沈黙したのを確認した後、ニールの方に向かう。

 本人の手ごたえを聞くのと同時に、脚にどれだけダメージを与えたか確認したかった。


「ほとんどダメージを与えられなかった」

 そう言うと大きく溜息をつく。


「そうだな……」

 確かにうっすらと傷はある。

 刃は皮の下にある肉に達して傷口から血が流れているが、行動を不能にするどころか、影響がない程度の小さな傷だった。


膂力(りょりょく)が致命的に足りないな」


 正確には筋力と魔法の両方が足りない。素の腕力だけではかすり傷を負わすのがやっとなのを、魔力の補助で斬り倒すのだから。少ない魔力でも効率よく魔法を使えば、相当な力を引き出せる。


 大型獣用の弩を引くだけの筋力と、それを数倍に引き上げる魔法の両方があれば、レッサードラゴンの頭を落とすのは造作もない。


 ――魔法を教えるのは苦手なんだがな。


 平民は魔力が少ない。冒険者の中でも魔法職なのは親の代まで貴族だったか、貴族の落とし胤みたいな連中が大半だ。

 しかも魔力量を伸ばすなら十代前半までであり、ニールの年齢――二十代前半は遅すぎる。

 とはいえ少ない魔力量でも効率的な使い方を覚えられれば、レッサードラゴンや大灰色熊(グレートグリズリー)を倒すのは造作もない。


 ――四二層に下りる直前にでも、魔力循環から教えてみるか。


 どこまで魔法に関して学んだか不明だが、一から確認すればわかる話だ。

 そう思いながらレッサードラゴンを収納袋(マジックバッグ)に仕舞い込む。


「おっさん、共同討伐にならんだろう!」

 仕舞った鞄を見てニールが声を上げた。ギルドから貸与された俺が討伐した魔獣の収納用、受講者用の予備、共同討伐した獲物用と三つの収納袋(マジックバッグ)を持っている。今、使用したのは共同討伐用のものだった。


「ダメージは与えなくても、陽動には十分なった。共同討伐扱いで問題ないよ」

 自尊心(プライド)を傷つけたかもしれない。

 だがまったく役立っていないのは言い過ぎだ。


「致命傷ではないとはいえ、討伐に参加したのは事実だからな。君が報酬を受け取らないのは問題になる。本来なら貢献度で分配金を決めるのが筋だろうが、講習中は折半と決まっている。ここは折れてもらうしかない。そもそも獲物を余裕で狩れるようなら、講習は不要だ」


「……確かに」

 今の説明で納得したらしい。


 ニールの場合、魔獣を狩る実力が不足しているというより、素材の状態に配慮した討伐ができないだけであるが。

 でもまあ本人が納得したならば、これ以上の説明は不要だ。面倒くさくなくていい。

 そう思いながら、適当な得物を物色しながら下の階層に向かった。

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