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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
2章 ダンジョン講習

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08. 熊狩り ―ダンジョン2日目―

 獣の咆哮に混じって、人の絶叫が聞こえたのは、ニールが森の中で何種類ものベリーを摘んでいた最中だった。


「行くぞ!」

「助けるのか?」

 損得勘定で言っているのではなさそうだった。まるで生きるも死ぬも自己責任だと言っているような……。


「冒険者同士、危機的状況にあれば助けるものだ。これからも活動していくなら、助けることも助けられることも出てくる」

 声の方向に走りながら説明していく。

 いままでのニールは冒険者の誰とも交わらずにやってきたのだろう。


 近づくにつれ声が大きくなっていく。

 木の向こう側に人を見つけたのは、走り出して数分後だった。

 大盾持ちと剣士二人、魔法士一人だった。かなり疲弊しているのか、全員の動きが鈍い。

 対するのは熊――大灰色熊グレートグリズリーだった。熊の中でも特に獰猛な種だ。


「加勢する」

 言い捨てて一気に間合いを詰める。胴を薙ごうとしたが、振り下ろされた腕が邪魔で剣が届かない。


 だが剣筋を変えて腕を斬り落とす。

 続いて踏み込んだ足を軸に身体をひねって膝上から脚を落とした。


 直後に間合いを取る。

 姿勢を崩した大灰色熊(グレートグリズリー)に魔法士が攻撃するが、力が足りず皮で止まった。


 尻もちをついた状態でさえ攻撃力は凄まじく、振り下ろす前脚に剣士が踏み込めずにいた。その向こうに倒れた冒険者と落ちた弓があった。

 脚のない右側から攻め込もうにも、姿勢を変え左の前脚から攻撃を繰り出すのだ。


 とはいえ鋭い爪に躊躇するのは、先に戦っていた冒険者たちだけで、俺にとって脅威ではない。

 振り下ろした前脚を落とし、剣の勢いはそのまま首を裂く。

 ドゥッと地響きを立てながら大灰色熊(グレートグリズリー)が倒れる。


 そして二度と起き上がらなかった。

 終わったと思ったのと同時に、冒険者たちが倒れた仲間に駆け寄る。

 口々に名を呼びながら、ポーションを傷口にかけた。色からすると中級ポーションだが、上級ポーションを使った方が良さそうな感じだった。


「大丈夫そうか?」


 冒険者の後ろから覗き込むように見た。

 目は硬く閉じられているが、呻き声を上げている。瀕死というほどではなさそうだが、爪で抉られた傷で服にたっぷりと血が沁み込んでいた。


「上級ポーションを傷口にかけて、もう一本を飲ませた方が良い。持ってるんだろう?」


 一本一(ゴールド)する高級品だが、使い惜しみするほど楽観的な状態ではない。

 中級ポーションが一本八〇(コパー)だから、下級冒険者の中には持っていない連中もいるが、この階層に来る程度に実力があるなら、上級ポーションの一本や二本くらい持っているのが普通だ。


「一か所じゃなくて、すべての傷に少しずつでも大丈夫だ。治らなかった分は中級ポーションを使う」

 そう説明すると、仲間たちで目を合わせた。躊躇があったのだろう、高価すぎて。


 背伸びしてここまで来たが、この階層は実力的にも装備も無理をし過ぎのようだ。

 逡巡したのは一瞬だった、決断して上級ポーションに切り替える。


「移動しよう、少し戻ったところに開けたところがある」

 死闘を繰り広げた疲労は残っているだろうが、血の臭いが充満した場所に留まるのは愚策だ。


「ニール、殿(しんがり)を務めてくれ」

 そう指示を出して歩き出す。荒い息が背後から聞こえるが、ついて来られるのだから歩みを遅らす気にはならなかった。

 一五分ほど歩いたところで開けた場所に到着した。結界を張る前に怪我の手当てが始まる。


「君らは――?」

 返ってきたのは一年ほど前にD級からC級に昇格したパーティ名だった。


「少々早すぎだな。上の階層でどれくらいやれた?」

「そういうあんたたちは?」

 頭ごなしに無理と言われたカチンときたのか、少々言葉が乱暴だ。


「俺はトルファン・クロフト、ギルド職員だ。B級冒険者でもある」

「ニール、D級冒険者だ」

 俺の自己紹介に少し目を見張ったようだが、次のニールで馬鹿にしたような顔になった。


「言っておくがな、獲物の仕留め方が雑なだけで、君らの誰よりも強いからな」

 大灰色熊(グレートグリズリー)を狩れないのは一緒であるが、それよりも弱い魔獣であれば自力でどうにかなる。


 この階層に辿り着く前の脅威といえば狼種だろうが、自分たちが不利と思えば逃げる習性を持つのが殆どだ。例外的に半数近くが犠牲になってようやく諦める種もいるが、それでも数キロ先から狙うことはないから、避けようと思えばどうとでもなる。

 俺たちの場合はニールに経験を積ませるために、あえて近寄っていったが。


「この階層から三九層は森が続いて視界が悪い。とはいえ探査魔法を使っていれば遭遇は避けられるはずだ。もっとも大灰色熊(グレートグリズリー)を倒せないようでは、その下の階層でどうにもならないし、成果は得られないだろうが」


 大箆鹿大型(ヒュージエルク)などの草食動物は狩れるだろうが、主目的にするような獲物ではない。

 三五層より下を狙うのは、大抵はレッサードラゴン狙いなのだ。


「そんなのやってみなきゃわからないじゃないですか!」

 頭ごなしに言われるのは腹が立つ。

 わかっているが、死にかけても自覚がないのは良くない。


「じゃあ、矢をつがえてみろ」

 ニールにも触らせた弩を収納袋(マジックバッグ)から取り出して渡す。

 ズシリとした重量にまず驚き、次に弦を引けずに再び驚いている。そんな状態でまともに扱えるとは思えなかった。


「バフをかけても、攻撃が皮を通さなかったんだろう?」

 そう言うとピシリと固まった。なぜわかったと言いたげだ。


「圧倒的に力が足りない。素の筋力だけでこの弩の弦を引けるようでなければ、バフをかけても有効なダメージを与えられない」

 身体強化をしたところで、自分の持っている力を増幅させるだけだ。脆弱な身体であれば、出せる力はたかが知れてる。


大灰色熊(グレートグリズリー)を倒せないようなら、その下の階層に行っても成果は出せないだろう。魔獣を倒す以外の目的があるなら行く価値はあるが」

 再び無理だと言ったが、今度は反論がでなかった。


「それは……」

 リーダーの青年が口籠る。


「C級のクセに四〇層にも行けないなんてって言われて……」

「D級のオマケとか」

「クズとか」


 ほかの冒険者から馬鹿にされて悔しかったらしい。同じC級からディスられて、その気になったのかもしれない。

 きっと酒場で絡まれたのだろう。酒が入ると多少気が大きくなる連中がいるのだ。


「D級から昇格したばかりのパーティとB級が目前のパーティで、同じ獲物を狙う意味があるか?」

「「「はい……」」」

 少しばかりしおらしくなるが、不満はありそうだ。


「冒険者の四割がC級で引退する。D級から昇格して一年ならまだ駆け出しのレベルだ。無理することはない。少しずつ倒せる魔獣を増やしていきながら頑張ればいい」


「でも……」

でも(・・)……?」

 反論はしたいらしい。

 頭ごなしに無理だと言われて反発しないのは難しいのだろう。


「D級がズルやってC級になったって言われて悔しくて」


「ズルなんか許すはずないだろう。そもそも実力と貢献度がモノをいう。どちらか一方では駄目だ。君らのパーティはまだ強い魔獣を倒した経験が少ない。だが素材の状態がよく査定額は高め、そこを評価されたんだ。これからも同じように頑張りながら実力を上げていくのが、確実かつ一番の早道だな。ちなみに無理をすると全滅する」

 死を連想する言葉を聞いて、一様にビクリと身体を震わせた。


「D級で引退する冒険者は約三割、うち死亡による引退が半分。ようやく魔獣討伐依頼(クエスト)を受けられると意気込んで、無茶をした結果だな。何年も冒険者の記録を見続けているが、勢いに任せて無茶をしているのが多い印象だ」


 冒険者になるからギルドを退職しますと言って、死んだ元部下はジョルンの後輩にあたる。だがその前にも同じように死んだ元部下が二人いる。


「でも僕らはもうC級です!」

「C級でも同じように死ぬ冒険者は多いぞ。B級昇格を焦って無茶をしてドラゴンに踏みつぶされるのは、よくある話なんだ。C級の死亡率は約二割、D級より多いくらいだ。俺の部下も退職後にダンジョンで死んでるよ。君らにそうなってほしくない」


 昇格するとほかの冒険者から一目置かれるというのもあるが、B級以上になると指名依頼が各段に増える。実力だけでなく素行の良し悪しもギルドから評価されるから信用度も上がるのだ。金回りが良くなるから、逸る気持ちはわからないでもない。


「実力以上の階層で無理をして良いことなんか一つもない。C級の死亡率は三割、無茶さえしなければ死ななかったのが大半だ」

 護衛中に想定以上の数の盗賊に襲われたとか、ダンジョン内で変異種に襲われた場合もあるが少数だ。


「A級やB級冒険者になれるのは、実力を過信しない慎重な冒険者だけだと覚えておいた方がいい。無茶をやって昇格した冒険者がいないのもね」


 ここまで言って、ようやく自分たちの行動が無謀だったと反省を始めたらしい。しゅんと項垂れたのだった。

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