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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
2章 ダンジョン講習

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03. 炎野牛(フレイムバッファロー) ―ダンジョン1日目―

 砂漠階層は三階層ほど続く。

 その前後の階層は乾燥しているが、カラカラに干からびた感じより湿気があって過ごしやすい。


「キツいよな……」

 ニールがぼやくのも頷ける。昼間は死ぬほど暑いのに、夜は水が氷るほど冷えるのだ。


 その上、陽射し――太陽がないのに、強い影ができるほどの陽光を感じる――を遮る、背の高い樹木が少ない。理由がなければ長居したい階層ではないのだ。


「少し川に寄っていかないか?」

「次の階層までの道にあったな、そういえば」


 最短に近い所を歩いているが、枯れそうで枯れない細い川があった。

 水辺には魔獣も集まる。上手くいけば休憩がてら何か狩れるかもしれない。




 ……と思った自分が馬鹿だった。

 だがしみじみとしている暇はない。


 炎野牛(フレイムバッファロー)の群れに襲撃されている今は。

「腹は傷つけるなよ、肉が不味くなる!」

「そういうコト言ってる余裕あるのかよ!?」


 多少は危機的状況だが、何も考えられないほどではない。

 連中がいきり立っているとはいえ、圧倒的な力の差を見せつければ逃げ行く。


「胃とか腸を傷つけると臭くて食えたモンじゃなくなるだろう! 狙うんだったら頭か首だ!!」

 冒険者なのだ。常に高値で買い取られるのを前提にするのは当然のこと。何をいわんや、である。


「――ちっ!」

 一頭が全力疾走してくる。角は鋭くないが太くて長い。突かれたら死んでもおかしくなかった。


 自身にバフをかけるのと同時に炎野牛(フレイムバッファロー)に向かって走る。ぶつかり合う直前で横に避け、身体が交差する刹那、首を斬る。落ちはしなかったが、致命傷には十分だった。


 背後で倒れる音がした。

 振り返る余裕はない。無論、収納袋(マジックバッグ)に仕舞う余裕も。倒した炎野牛(フレイムバッファロー)が踏みつけられてボロボロになるかもしれないが、諦めるしかなさそうだ。


 二頭目、三頭目を斬り倒す中で、ニールの様子を観察する。

 余裕が無さそうでいて、きっちり首を狙っていた。


 ――悪くない。

 だが既に息が上がっている。群れが逃げていく前に体力が尽きそうだった。


 体力がない、と断じる気はない。

 ニールは未だD級。狩り方が下手で買い取り査定が付きにくいからであるが、事情を差し引いたところで、C級相当でしかないのだ。B級(オレ)の感覚で評価するのは忍びない。


 ――少し負担を減らす必要があるな。

 炎野牛(フレイムバッファロー)を避けつつ、いつの間にか開いていたニールとの距離を縮めながら、彼の前に出た。多少は露払いになるだろうと思いながら。

 しかし通り過ぎた炎野牛(フレイムバッファロー)は大きく弧を描いて再び襲ってくる。


 ――俺たちをただの脅威と思っているのではなく、排除すべき敵だと判断したか?

 群れを全滅させるのは、面倒臭いができなくはない。乱獲になりかねないから、できれば避けたいが。

 一〇〇頭に満たないような群れだ。その中には角のない雌や子牛も混じっている。冒険者二人でどうにでもなるとはいえ……。


「盾で身を守って、目を閉じろ!」

 懐から閃光玉を出すと、地面に叩きつけた。


 キツく瞼を閉じていても眩しいが、うっかり目を開けててもしばらく何も見えない程度で、さしたる害はない。

 とはいえ目眩ましには十分だった。気勢を削がれたのか、更に襲ってこようとはしない。

 突っ込んできた炎野牛(フレイムバッファロー)は勢いそのままに駆け抜けていき、戻ってはこなかった。


「踏みつぶされなかったみたいだな」

 倒した個体に大きな損傷は見当たらなかった。群れで生活する獣は、敵に突っ込んでくるのは基本的に雄。倒れていたのもすべて牡牛だった。


「角が良い値段になるぞ、肉だって悪くない」

 良かったなと声をかけると、ニールの疲れた顔が一気に笑顔になった。


「そうかなのか! これだけで一ヶ月分の稼ぎになるか!?」

 嬉しさを隠さず収納袋(マジックバッグ)に入れていく。俺が六頭、ニールが四頭と悪くない成果だった。


「雑に倒すより面倒だったと思うが、今までと査定額が全然違うから期待していいぞ」

 別にギルドだって安く買い叩きたい訳じゃない。状態が良ければそれなりに金は払う。渋れば冒険者のモチベーションは維持できないのだ。


「どれくらいになる?」

「大きさによるが一頭三から五G(ゴールド)ってところか。肉だけでなく角と皮も売れるから、それも上乗せした額だ。デカい個体なら六G(ゴールド)いくこともある。正確なところは査定班でないとわからん」


 二人とも雄しか倒してないから、三(ゴールド)よりも五(ゴールド)に近い査定額になるだろうとは思う。

 だがぬか喜びさせたくはない。少し低めの額を口にした。


「スゲーな。炎野牛(フレイムバッファロー)だけで一〇G(ゴールド)くらいは稼げたのか!」


 日常生活は銅貨(カパー)があれば事足りる。家賃やひと月分の宿代になれば金貨(ゴールド)の出番もあるが、大抵は銀貨(シルバー)での取引になる。

 報酬が金貨の単位になるのは、若手冒険者の成長の通過点だ。


 一G(ゴールド)は一〇(シルバー)、一(シルバー)は一〇〇(カパー)だから、一G(ゴールド)は一〇〇〇(カパー)になる。一番安い個室の宿で三〇(カパー)、冒険者ギルドが貸す新人冒険者向けの部屋も同額だが、ベッド以外、何も置けないような部屋ではなく、もう少し上の価格帯でもっと広い部屋と同じランクだ。


「一ヶ月間の生活費だけなら十分だが、装備を揃えるとなれば全然足りない額だな」

 剣はそれなりにマシなものを持っているが、軽装の革鎧は随分草臥れている。きっと夜営装備など戦闘に関係ないものは、もっと酷い物だろうと、容易に想像ついた。


「肉類は全部売らずに、食糧用に残した方が安上がりだ。それに出回りにくい肉があれば、潜っている間に飽きがこない」

「違いない!」


 魔鶏と魔牛は地上でも育てられているが、気性の荒い魔猪などはダンジョンでしか手に入らないから、牛より少しだけ高い。炎野牛(フレイムバッファロー)は高級肉ではないものの更にそれ以上の値がつく。


「収納し終えたなら、もっと稼げる階層まで行こうか」

 砂漠階層は暑くくて過ごしにくい。せめてもう少し穏やかな環境に辿り着きたかった。

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