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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
1章 人事異動

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08. 花瓶に活けられた花

「トールさん、一体どういうつもりですか?」


 予定外の訪問者だった。ロストの会話を終わらせ、溜まっていた書類に目を通していた俺に声をかけてきたのは。


 目の前の人物は冒険者ギルド内のポーション制作担当者だ。町の薬師に迷惑がいかないように二割ほど高く売っている。町に出て買い物をする時間がないときなどに、冒険者が買っていく。


 ギルドが儲けるためではなく、冒険者の利便性のためだけに置いている。同じく武器などもあるが、普及品としてはまあまあ高品質といったところで、下級冒険者が選ぶには悪くない程度の代物だ。こちらも市場価格より一割ほど高値になる。


「後でウェスクのところに行こうと思ってたんだが……」

 そう言いつつ、打ち合わせのための小部屋に通した。女性相手なので、一応、ドアを少し開けておく。


「面白いよな、アレ(・・)

「そういう問題ですか?」

「そう言われてもな。五日ぶりに出勤したら生けられてたんだ」


 二人の話題になっているのは、カウンター奥に生けられた花。

 正確にはその中の一輪で、野草にしては大ぶりの一輪だった。


「普通は黄色い花が白くなっているから聞いてみたんだが、本人曰く『あれ? みんな知ってるんじゃないですか?』だったよ」


「――!!」

 普通は黄色。人為的にしか白くならない花なのだ。


 何よりその花は弱い毒を持っている。皮膚を腫れさせるもので大して強くない。素手で触らなければ良い程度であるし、野草にしては大輪だから、花を買う余裕がない家庭に飾られることが多い。

 そして白い花は毒性が消えて別の効果が生まれる。


「店の常連に貰った薬草の本に載っていたらしい。そらで読めるほど読み尽くしたって言っていたよ。花が好きだから嬉しかったそうだ」


 本は高価だ。羊皮紙で作られたものだけでなく、海を越えた向こうの島国から『紙』という植物で作ったものが普及して、格段に安くなった。

 とはいえ人が書き写す写本なのだから大量生産できない。


「入門書程度のものとはいえ、金貨で取引されるようなものを子供に?」

「お気に入りの『嬢』がいる常連だったらしいからな。金回りは良かったんだろう」


「ああ、そういう……」

 眉間に小さく皺を寄せた。


 酌婦や娼館に在籍する女たちを指す言葉だ。女性にとって身体を資本とするような夜の商売は、楽しい話題ではない。


「誤解しないでほしいんだが、本人はそういった仕事に就きたくなくて、ギルドの面接を受けたんだ。仕事ぶりは真面目で、目立つ真似もしない。まだ働き始めて日は浅いが、やる気に満ちて良い部下だと思ってるよ」


「そういうことなら……」

 軽く息を吐いた。一瞬だけ見せた嫌悪感は霧散している。


「それでカウンター業務の手が空いたところで、応援としてそちらに派遣したいと思ってたんだ。ウェスクに会うのもその件でね。買い取った薬草の下処理をやらせてもらえないだろうか」


 大抵は傷まないようにされているが、それだけの状態で持ち込まれる。

 泥を洗い流したり葉の大きさごとに分けたりと、素材として使いやすい状態にするのは下働きの仕事だ。ギルドではポーション作りの仕事が少ないから、目の前の薬師が一人で行っていた。


「もし見込みがあるなら、一人前になるよう仕込んでくれないか?」

「わかりました。手が空いたら寄越してください」

 部門長のウェスクの頭越しだった。


 ――後からと言わず、今から話を通した方がいいよな。

 キリの良いところまで書類に目を通したかったと思ったが仕方がない。引き出しの中にしまった書類を思い出しながら、専属薬師と一緒に、ウェスクの元に向かうのだった。




「ウチで新人をもらってしまって良かったのかい?」

 エールを飲みながら、ウェスクが確認してくる。


 仕事帰りの一杯だ。

 今日は内臓専門店ではなく魔獣の肉専門でもない、普通の飲み屋である。


「見どころのある新人だったけどね、より適性のある方に行かせたかったんだ。まだ一六歳だから、新たに学ぶにしても吸収が良いだろう?」


「確かにね」

 うんうん、と頷くウェスクは植物好きなら同志にはならないなあ、という顔をしている。


 同士とはもちろん「内臓好き」だ。見るのも食べるのも好きという、ちょっと人とは趣の違うところがあるとはいえ、職業的には向いている。


「それとなあ……。娘の方は普通でも、親が春を鬻いでいるとか、花街育ちってだけで好き者だと思う阿呆に、目を付けられる前に避難させたかったんだ。カウンターは一番人目に付くから」


 こちらが異動させたかった本当の理由だ。

 専属薬師は女性だから、嫌悪感さえ持たれなければ最も安全な居場所になる。


「薬草の匂いをさせるだけで、そういった欲求の正反対の場所に居ると思われるしね」

「そういうことだ」

 ウェスクの言葉に同意する。


「でも辞めそうな部下いるよね?」

 受付カウンターの今の時点で唯一の男性職員を指しているのだろう。


「別の場所への異動も考えたんだが、適性のある部署がなくてなあ。本人が頑張ればどうにでもできるが、やる気がないから仕方ない」

 言い終えて「ほう」と溜息をつく。


 せめてD級にさえなっていれば、本人の希望通りの部署に配属できた。

 その後、ギルドを辞めて冒険者になるのが目に見えてわかっていても、割り切って対応したのにという気持ちだ。


「辞めるかもしれないし、不満を抱えながら仕事を頑張るかもしれないし、それはわからないな」

 俺に不満を漏らしたことはあるが、周囲に漏らしたり部署の空気を悪くしたりはしていない。

 現状を維持するなら、彼の辞めたい気持ちに気付かない振りでいるのに吝かではない。 

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