流行っているので乗っかってみた2
「ななな何を言ってるのですか!?意味わかってるのですかー!?」
思わず木の洞から上半身を乗り出したリィにその場にいた少年少女達が驚いて尻もちをつく。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
「あっ!リヒトクローネ様!」
「えっ!?」
全員が驚愕に目を見開いてリィとレベッカの方を見る。どうやらここは寂れて使われなくなった庭園のようだった。それ故に彼らも誰も来ないと油断していたのだろう。
とりあえず二人は洞から出て少年少女達の方に駆け寄った。
「婚約破棄と聞きましたよ。何があったのです?公爵位の貴族にツェツィーリア・アンネリーゼという方がいるとは聞いたことが無いのですが…」
心配そうに問いかけるリィに彼らは困り顔で言った。
「いえ、リヒトクローネ様。本物の婚約破棄ではないのです。ツェツィーリア・アンネリーゼという人は存在していません。」
「これは悪役令嬢ごっこなのです。」
すると少年達だけが指をぱちんと鳴らす。彼らはフェアエンデルングで男になっていたらしく少女の姿に戻った。どうやらこの場には年頃の少女達だけが10人ほどいるようだ。
「えっと、悪辣令嬢ではなく、悪役…?」
「異世界で流行っている漫画やアニメや小説のあの悪役令嬢です!転生とかしたりするんです!」
「リヒトクローネ様もやってみませんか?レベッカもどう?」
「悪役って悪いことすればいいのか?そういうのはよくねーぞ!」
「ううん、レベッカ。悪いことをするんじゃないのよ。婚約破棄からのざまあをやるの。途中経過はちょこっとしかできないけど。」
「そうだね。メインは断罪劇とざまあなんだし。」
「へー…だってよ、リィ!」
「リヒトクローネ様もいかがですか?…その、久しぶりに男性のリヒトクローネ様を見たいなって…。」
「え、ええ…?うーん…」
全員の顔が純粋な期待に満ち溢れている。リィに男性化以外の何かを要求する気があるのかはわからないが少なくとも悪意はないとみえる。気軽に要求に応えるのは問題だが民の期待に応えるのも王族の務めである。
リィは少し悩んでいたが少女達の顔を見てやってみようかと思った。
「とりあえずぼくは悪役令嬢ごっこはほとんど何も知らないので教えてもらえますか…?」
「はい!もちろん!」
少女達は一気に沸き立った。歓声が上がる。
「何でも聞いてください!」
「えっと…じゃあ、悪役令嬢ですがすごく悪いご令嬢なのです?」
「「「いいえ悪人ではなく主人公です!」」」
「ふぁっ!?」
これにリィは仰天した。
悪人ではなく主人公なのに悪役令嬢???
「じゃあ何で悪役なのです!?」
「ヒロインや物語の敵役なので!!」
「それだけ!?」
「「「はい!!」」」
これは何だか雲行きが怪しくなってきた。
「れ、礼儀作法とか貴族の心構えとかは…」
「もちろん完璧です!!」
「そこはちゃんと貴族のご令嬢なのですね?」
「「「でないと転生者が困るので!!」」」
「転生者のためなのです!?ていうか転生者!!?」
「異世界転生、異世界チートというものです!」
「はあ…じゃあ、えーと…婚約破棄とか、断罪劇とかいう、不穏な…」
「はい!主人公が復讐して勝つ方はざまあと呼ばれていますので、先に主人公が強制的に負ける方からお伝えしますね!一番最初に行われるイベントの!」
「いきなり負け確確定演出なのです!?」
「「「そこがスタートラインなので!!」」」
もはや言ってることが支離滅裂だが彼女たちの真剣な眼差しを見るに嘘は言ってない。たぶん。
困惑するが聞かないことには話が進まないので話を進めてみる。
「では婚約破棄から…」
「はい!まず悪役令嬢ものは馬鹿王子の婚約破棄から始まります!!」
「馬鹿王子!?」
「「「はい!まず性格がくそです!!」」」
「性格がくそ!?」
「はい!そしておつむが残念です!」
「王妃教育を受けてきた貴族の素晴らしいご令嬢よりぶりっ子悪役ヒロインを選びます!」
「理由は自己顕示欲とか見た目とか洗脳とかです!!」
「「「そして勝手に婚約破棄を決めて国王の判断も仰がず皆の前で悪役令嬢に婚約破棄を迫るのです!」」」
「何ていう事なのですか!?もうめちゃくちゃなのですよ!!」
「はい!でもそんな事は気にしません!自分勝手なので!!」
「相手のご令嬢への謝罪は!?慰謝料は!?王家とご令嬢の家との今後は!?婚約破棄を行う事によって何が起こるかとか考えないのです!?IQどのくらいなのですか!!!」
「「「馬鹿王子にIQは存在しません!!!」」」
リィは天地がひっくり返る思いだった。
彼女達が悪いわけではない。だが堪え難きを堪え忍び難きを忍びこのエスペリトゥヴェルトのために次期国王として大事なものを積み上げてきた自分を否定されたようなものである。
公務、勉学、戦闘訓練、倫理、道徳、礼儀作法、文化、経済、人間関係…次期国王たる王位継承権第1位の王女として、母アルべリアと教育係アデルの『態度は優しいのに内容がスパルタEX』な王族教育に耐えてきた自分は一体なんなのだ、と。
ましてやフェアエンデルングがあるせいでリィはどちらの性別も持っている。王女でありながら王子でもあるのだ。それ故に馬鹿王子の話はショックだった。頭を金槌で殴られるどころか頭を金槌にされて処刑場を建てられてしまうような衝撃だった。
「あいきゅー…きゅう…きゅー…」
「おい、リィ。大丈夫か?」
「レベッカー。ぼくのIQは無かったのですよー…。あうあうあ…。」
「しっかりしろよー。無かったら作ればいいだろ?」
「すみません…今本当にIQがとんでたのです…。」
よろよろと今にも腰を抜かしそうなリィだったがここで思い当たる。
男のリィを見たい、という事は…
「あの〜…もしかして…馬鹿王子役は…」
「「「本物の王子様で断罪劇を見たいのですが…」」」
「お馬鹿さんなのですか!?一歩間違えれば不敬罪なのですよ!?」
「申し訳ありません、でも、お試しで1回いかがでしょうか?」
今度こそリィは絶句した。