流行っているので乗っかってみた1
豪奢で華やかな癖のある長い金髪、輝くように白く透き通る肌、シンプルかつ上品で仕立ての良いドレス。そして長い睫毛で縁どられた勝気な瞳は美しい真紅色。一度見たら二度と見間違う事も忘れる事もないような鮮烈な美少女。彼女こそがエスペリトゥヴェルトの正統な貴族であるリッター4公の1公『断罪の為の王の斧』リッターアクスト伯爵家の長女である。
彼女は寂れた庭園の東屋の床に座り込んでいた。その眼は怒りに燃え上がっている。
見た目にも爽やかな空色のローブを着ている青年が声を上げた。
「リッターアクスト伯爵家令嬢ヒルデアリア!!今この場をもって貴様との婚約を破棄する!!」
次の瞬間。
「いや待て待て待て待て!?ヒルダはお前の婚約者だったのか!?」
唐突に割り込んできたラインハルトに青年の周囲にいた少女達が黄色い声をあげる。
そんな中で青年は困った顔で告げた。
「いえ、ハルト兄様。悪役令嬢ごっこです。」
何だそのごっこ遊び。通りすがりのラインハルトは顔を引きつらせた。
流行っているので乗っかってみた
ふわり、と真綿のような髪が舞う。
左もみあげはベリーショートで右もみあげは肩でぱつんと切り揃えられている。かなり短い前髪。後ろ髪は膝くらいの長さまであるだろう。ふわふわの真白い白雪色の髪。若芽のような光翠玉の瞳。そして小柄でありながら身長にそぐわない大きすぎる胸。足首まである白のロングワンピースの上に見た目にも爽やかな空色のローブを着ている。ちなみに外見年齢は12~14歳ほどだが実年齢は600歳。
エスペリトゥヴェルトの第一王女リヒトクローネである。愛称はリィ。
彼女は能天気かつ悩ましげな顔で王宮をうろつきまわっていた。
「うーんー…暇ですねー…」
「リィーーーーーーーーーー!!!!!」
そんなリィに遠くからそこまで出すかという大声で声をかける者がいた。
リィの親友、山暮らしのレベッカだ。彼女はエスペリトゥヴェルトの近くの山に住んでおり、遊びに来る時は毎度のように強大な魔物でも壊せない結界を拳の一撃で壊して入ってくる。ちなみに最初のうちはアルべリアに危険視されたり叱られたりもしていたが、もはや当たり前になりすぎて最近ではスルーされている。
外見年齢はリィと同じくらいだが実年齢は不明。アルべリアに負けないほど絶壁な胸と茶髪の粗野なショートカットのせいで見た目は少年に見えなくもない。そして特殊な形状の真っ赤な服のおかげで遠目からでも嫌でも目立つ。レベッカはリィの方へ走り出した。
「レベッカー!声が大きすぎるのですよー!」
「お前もな!」
「ぼくのは常識の範囲内なのですよ。ところで今日は珍しく暇なのです!何かして遊ぶのです!」
「やったぜ!お前いっつも忙しいもんなー。」
「…公務が…お勉強が…戦闘訓練が…おとーさんがダメダメな分ぼくにいっぱいくるのですよ…。」
リィは死んだ目であらぬ方向を見つめた。
それも当然だ。父親のハインリッヒは魔導科学研究と異世界文化振興と夜の営みくらいしか役に立たない。故にリィは母親のアルべリアのような国王に相応しい様々な能力を求められる。
リィにとっては『もう少しハインリッヒが王としてマシならハードルも下がるのに』という話である。
「リィのとーちゃんリリーばっかり見てるもんなー。あいつ仕事してないんじゃねーか?」
「シャイニーリリィのアニメとかをたくさん見て…ちょっとだけ仕事して…たくさんゲームをして…またちょっとだけ仕事して…変なものいっぱい作って…またちょっとだけ…」
「リィやリィのかーちゃんみたく仕事まとめてやってからじゃダメなのか?」
「おとーさんは…やりたい時とやらない時で切り替えないと進めない人なのです…もうダメダメなのですよ…。」
「仕事をぜーんぶ先にやっちまえば次の仕事が来るまで遊びほーだいなのにな!」
まったくもって言うとおりである。レベッカはこういうところは意外とまともだ。
エスペリトゥヴェルトにも学校みたいなものがあったりするのだが、覚えた魔法を子供達が忘れないようにと宿題を出す事がある。夏や冬の休みが長いとなればもちろんそれ相応の量が出る。
リィは正直ハインリッヒの仕事の配分の仕方を夏休みの宿題を毎日だらだら進めるやり方と同じだと思っている。
「めんどくさそうな力仕事を頼まれても『おう、いいぜ』の一言で手伝ってくれるレベッカの方がおとーさんよりすごく偉いのですよ…。」
「めんどくさくねーぞ?リィのやってるやつのがめんどくせーだろ?」
「公務はめんどくさいで片づけてはいけないのですよ…。むしろおとーさんがやらないといけないのですよ…?」
「代わりにリィのかーちゃんがやってるからいいけどな!」
「よくないのですよおおおお!国で一番偉い王様がやらないといけないのにおかーさんがやらされて可哀そうなのですよ!ぼくでも出来るのに何でおとーさんは出来ないですかー!!」
「やる気ないんじゃね?」
「おっふ…もういいのです…。」
がっくり肩を落としたリィの背中をバシバシ叩いてレベッカは元気づける。いやリィからすると痛いのだが。
「そうしょげるなってー。何して遊ぶ?」
「もう!痛いのですよ!…でも本当に何しましょうか。何かしようと言ったのはぼくですが…ええと…お花畑も小川も山も森もいつでも行けるし、本は飽き飽きですし…。」
「いたずらするとリィのかーちゃんに怒られるし。…ん?おい、何か聞こえね?」
「んん?」
2人が耳を澄ませると少女達の声が聞こえてくる。
声をよく聞くとレベッカが来た方と反対側のかなり遠くの木の洞から聞こえてくる。
「何でしょうか?」
「行ってみよーぜ!」
そして辿り着いた木の洞に頭を入れた瞬間。
「公爵令嬢ツェツィーリア・アンネリーゼ!貴様との婚約を破棄する!!」
唐突に公爵令嬢の婚約破棄がなされたのだった。