伊勢海斗の異世界回顧録2
進路に勝手に異世界移住を追加してラインハルトさんと一緒に夜遅く家に帰った俺は父さんと母さんにしこたま怒られた訳だが、日本語ペラペラ金髪碧眼イケメンのラインハルトさんのフォローのおかげで長時間のお説教は免れた。ラインハルトさんは異世界人だが2人には普通にイケメンの外国人にしか見えていないようだった。だから2人は異世界なんて信じてくれなかった。
しかしエスペリトゥヴェルト側が用意してくれた異世界訪問体験のおかげで、父さんと母さんは本当に異世界がある事を知って茫然とした。母さんには『外国だって飛行機で何時間もかかるのに異世界なんて!』と涙ながらに訴えられて困ったが、ハインリッヒ様の『異世界人は申請すれば緊急時以外いつでも帰省許可が出るよ。』の一言で父さんが俺の意志を尊重すると母さんを宥めてくれた。
そんな訳で俺はバイトをやめて異世界訪問体験を繰り返しながら、進学するか就職するか移住するかの3つから進路を選ぶことにした。
そして無事に高校を卒業した俺は異世界移住を成し遂げたのであった。
今は国内の食事専門繫華街にある店で働きながら、この世界に関する勉強をしつつ、たまに騎士団が行う民にむけての戦闘訓練講習に参加している。
「海斗、そろそろまかない入っていいよー。」
「はい、ありがとうございます!」
「今日も元気だねえ。でも勉強のしすぎで体こわしたりしないでね。」
「もちろんです!」
「今日は麻婆拉麺な!」
「ありがとうおやっさん!」
「その呼ばれ方、いまだに慣れねえな…」
「あっはは、だよねえ!」
おやっさんとおかみさんのラーメン屋で働くのはすごく楽しい。とても忙しいが毎日がラーメンのいい匂いで満足できてしまう。
最初は普通に存在しているラーメン屋にぎょっとしたが、このエスペリトゥヴェルトでは俺の世界にあった料理はもちろんのこと、他の異世界から来た宇宙人の食事にしか見えないような料理なんかも広まっているようだった。看板も文字が統一されてなくて種類が滅茶苦茶で内容がざっくばらん。並んだ店はジグザグにひしめきあっている。この食事専門繁華街はまったくもって不可思議な迷路のようだ。いや本当に多国籍…多重世界?が集まってるみたいな街並みなんだけども。
読めない文字も多くてエスペリトゥヴェルトの言葉を覚えるのにも苦労した。最初に王族の人たちとペラペラ話せていたのは『俺に与えられたチート能力のおかげ』だと思っていたのだが実際は『エスペリトゥヴェルトの王族のみなさんがマルチリンガルなだけ』だった。チートとか思ってて我ながら恥ずかしい。
それはともかく初めて街へ出た時は言葉が全然わからなくてラインハルトさんにみっちり通訳してもらった。それから先生を紹介されて頑張って勉強したっけ。それでここの人達と触れ合っていくうちに慣れていって、無事移住前にエスペリトゥヴェルトの言葉だけはマスターできた。英語なんかより相当勉強したんじゃないか?俺。
そんな事をほやほやと思い出していると常連のヤヤさんがやってきた。彼女も異世界人だ。もっとも俺のいた世界とは全く何もかもが違う世界なのだが。その証拠にギャルゲーのヒロインみたいなピンクの髪も瞳も自前である。髪を染めてもいなければカラコンでもない。彼女は俺を見ると笑顔で話しかけてきた。
「カイト、こんにちは。おひる、まーぼーらーめん?」
俺に合わせて日本語を使ってくれる。ヤヤさんはいい人だ。
「ヤヤさん、気を使わなくてもいいですよ。ここはエスペリトゥヴェルトなんだからエスペリトゥヴェルトの言葉で話しましょうよ。」
そうエスペリトゥヴェルトの言葉で返すとヤヤさんはすごく嬉しそうに笑った。
「海斗、ありがとう!やっぱり気持ちや考えをきちんと伝えられる言葉の方がいいわよね!」
「そうですよー。」
「となり、いい?」
「どうぞ。」
「大将、私にも麻婆拉麵ちょうだい。」
「あいよ!」
ヤヤさんは笑顔で注文するとにこやかに俺を見つめて質問してきた。
「どう?勉強の方、進んでる?」
「はい。でも、まだ、わかんない事の方が多くて…。」
「そうよね。この世界…というか、エスペリトゥヴェルトだけなんだけど。尺度というか規模というか…そういうのやたらと大きいし。歴史は大体覚えた?研究している私もエスペリトゥヴェルトの人達もよくわかってないみたいなんだけど…。」
「俺も大雑把にしか覚えられてませんね。もっと知らなきゃなって思うんだけど…。」
ヤヤさんは研究者だ。俺の世界で言うところの考古学者みたいなもの。古く長い歴史には特に入れあげているようだ。戦争になりかねないものをエスペリトゥヴェルトには持ち込まないという約束でこの国の研究を許されている。
「知りたいこととかある?」
「…それなら知りたい事が多すぎて迷っちゃうなあ…。」
「そうね。…明日は暇?」
「明日…おかみさん、明日も仕事ありましたっけ?」
「いや、好きな時に働きにくればいいから休んでも…あら?あら~?デート?」
「なっ、ち、違いますよ!ヤヤさんに失礼でしょ!?」
「言うほど失礼でもないわよ。」
「えっ…」
「まあ、デートかどうかはともかく、明日は女王陛下の調査に同行させてもらう事になっているの。一緒に行かない?」
「えっ!?いきなり勝手に参加したら駄目なんじゃ…」
「問題なら『来るな』って帰されるだけだから。別に犯罪者扱いされたりする事は無いから大丈夫よ。」
すると黙って話を聞いていたおかみさんが少し考えるようにして言った。
「なら明日から3日間休んだらどうだい?3日後に騎士団の戦闘訓練講習があるだろ。それまで休んでてもかまわないよ。いや、生活費が無いなら働いた方がいいけど。」
「あ、生活費なら大丈夫です…。」
「なら、決まりね。おかみさん、海斗を3日間借りてもいいかしら?」
「あたしらは問題ないよ。ねえ、あんた。」
「おう。そうだな。いつもキリキリ働いてるんだ、たまには少し休みな。」
…という訳で、急な3連休が俺に舞い込んできたのだった。




