伊勢海斗の異世界回顧録1
この世には『異世界転生』というものがある。
ただし実存しているかどうかはわからない。あくまでも小説や漫画の中の出来事だからである。
この世には『異世界転移』というものもある。
こちらは異世界に行ったという話が実話として残されているケースがあるため実存している可能性が高い。
そして俺は『異世界転移』した結果、異世界に移住した者だ。
これはそんな俺のちょっとした記録である。
伊勢海斗の異世界回顧録
俺の名前は伊瀬海斗。エスペリトゥヴェルトに移住して3年目の新参者である。
あれは高校2年生の時の事だ。学校の階段で足を滑らせて踊り場へ落下した。そして目を覚ますと現実には存在しなさそうな森のド真ん中にいた。どう見ても異世界。だが転生はしていない。今の自分のまま異世界に飛ばされてきた…すなわち転移。とにかく未だ中二病を引きずっていた俺はこう思った。
『まさか俺は運命に選ばれし者として、この世界に異世界転移したのでは!?』
…全然そんな事はなかった。
どうやら世界には次元のズレというものが存在していて、そのズレを通ったり落ちたりすると異世界にぽろっとまろびでてしまうんだとか。そしてエスペリトゥヴェルトはズレが多く境界があやふやな場所で異世界人がゴロゴロ迷い込んでくるらしい。俺もそういう人達の1人だった。
さて飛ばされてきた俺の今後について関係者各位の対処は非常に早かった。この世界には魔法と科学が融合した魔導科学というものがある。その魔導科学の天才であるエスペリトゥヴェルトの国王ハインリッヒ様の作った、『断裂世界鑑識照合装置』なる異世界の情報を次元から集約させ現存する世界を特定する装置を使い、無事に俺がいた世界を発見して特定した。あとは帰るだけである。
この段階で俺は思った。
『えっ!?あっさり解決しすぎじゃない!?』
こんな感じで衝撃を受けた俺は『選ばれし(ry』の線も捨てきれなくて、愚かにも世界の危機とか、魔王の存在とか、選ばれし勇者とか、伝説の武器とか、何かそれらしい単語をつらつらと並べてみた。
結果、ハインリッヒ様から返ってきた答えは無慈悲なものであった。
「そんな漫画とかラノベじゃないんだからあるはずないでしょ?」
これに納得していなかったとはいえ、王族の皆様方の前で悪あがきと言わんばかりに『ステータスオープン!』とか叫んでみた時の自分を抹殺したい。
ちなみにこれに関しては俺と同じ世界からこの世界に異世界転移してしまったあげく、ズブの素人からプロの冒険者になり天寿を全うするも、とんでもない理由でTS付き今更異世界転生をこなした、偉大なるアルべリア女王陛下にもズバッと言われた。
「お前達は都合のいい話を求めすぎる。異世界に飛ばされたくらいで無条件に自分が有能になるなどとうまい話がある訳ないだろう」
正直泣きたかった。
普通こういう時は伝説の勇者として喚ばれたとか、剣術や魔法に覚醒したとか、ちょっと戦闘しただけで無双状態とかになって、ハーレムウハウハファンタジー生活が始まるんじゃないのか。そうあからさまにがっかりした俺に女王陛下はさらに追い打ちをかけてきた。
「帰りたくないなら『追放もの』とやらでも試してみるか?身の安全は保障しないが。」
…これが本物の追放ものならば追放された後で真の力が覚醒するのだが、それが追放ものでも何でもなく思い込みだった場合モブの様にあっさり死んだりする。とてもじゃないがそんな事にはなりたくなかったのでその時の俺は大人しく家に帰ることを決めた。
その際に『気軽に異世界に迷い込めるものなんですね』などと言ったらハインリッヒ様がケロッとした顔で答えた。
「そうだね。僕達なんかは魔法を使って異世界を行き来したりするけど。」
そんな事が自由にできるなんて聞いてないと驚いて言葉を失っていると、王女リヒトクローネ様の近衛専属騎士であるアデルさんがフォローのつもりなのか説明を足してくれた。
「私達にはエスペリトゥヴェルトと異世界を往復する手段があるのです。それでこのような事が可能なのですよ。だから海斗さんも元の世界に戻る事ができます。安心してくださいね。」
これを聞いてしまっては簡単に帰りたくなかった。
ちょうど俺は迷っていた。進学か就職か。だが、こんな世界が存在していて、気軽に自分の世界と行き来が出来るなら───選択肢に入れてもいいのでは?
「あの、すいません。移住ってできますか?」
唐突な問いだったが全員が平然としていた。これは。もしや。
ハインリッヒ様がまじまじとこちらを見つめてから問いかけてきた。
「まあ異世界から移住してきた子はそれなりにいるけど。移住希望者なの?」
「はい。追放ものとかは勘弁ですけど、普通に移住できるなら選択肢に入れたいなって…あの、移住する時にしちゃいけないことってありますか?この世界の事は秘密にしなければならない、とか。」
「そうだね。基本的に他の人に異世界の事を言うのはだめかな。でも移住するなら家族に黙っておくわけにはいかないと思うけど。どうする?」
「親には言わなきゃいけないけど、家族以外の人には黙ってればいいってことですよね?」
「うん。ちなみに親に連絡しなくてもいいのなら今日から勝手に暮らしたりしてもいいけど。移住した子の中には家庭の事情が複雑で、自分が死んだことにした子もいたし…。元の世界ではどうだったの?どういう暮らししてたの?」
「ものすごく普通です。家族いて、友達いて、学校行って、バイトして…人間関係も問題ないし、いじめられたり犯罪に巻き込まれたりしたこともないです。」
「じゃあ逆に親に連絡しないのはまずいかな。ある日いきなり息子が行方不明に…ってなっちゃうし。移住するならやっぱり連絡は取った方がいいよ。あと帰る時に誰かついてった方がいいね。」
「それじゃあ…」
「うん、君がいいならいいよ。ただご両親にはきちんとお話してね。」
こうして両親に説明をしたうえで異世界移住する、という選択肢が俺の進路に追加された。




