祭りに踊りはつきものです5
ヒルダは人目につかない古い庭園の東屋でため息を吐いていた。
リィとレベッカには『また夜のパーティーで』と言ったものの結局パーティーには行けなかった。約束を破る形になってしまったのが心苦しい。しかしヒルダはどうしても会場に入る気にはなれなかった。
『あの人』と顔を合わせた時に口を開かずにいられるだろうか。問いただすべきなのだろうか。
「…いえ、皆の前で問いただすべきではありませんわね。…会場には…」
「嫌なら行かなくてもいいんじゃないの?」
言葉を遮るように後ろからかけられたその声にヒルダの心臓が跳ねた。この声は問題の『あの人』である。
「…っ人の背後を取らないでくださいませ!」
「人を暗殺者か何かみたいに言わないでくれる?さすがにちょっと傷つくから。」
やや片眉を上げて胡乱げにヒルダを見つめたのはカイである。祭りの日だからかいつものゆるい服装ではなく儀礼服だ。改めてつむじからつま先まで見ると身分はもとより見た目も完全に王子である。カイがこの姿でパーティー会場にいたら少女達が放っておかないだろう。だからこそ今度はヒルダが胡乱げにカイを見つめる。
「踊ってきたにしては身だしなみが整っていますね。」
「ああ、踊ってないから。」
「なっ…!会場にいる者は一度は必ず踊らなければいけませんのよ!?貴方だってわかっているでしょう!!」
「それ言うなら会場にすらいないお前は何なの。」
「私は…」
思わず目をそらしそうになったが睨むことで何とか見つめ返す。
「…貴方こそ会場には行かなかったのですか?」
「うん。キツい仕事やる代わりに今日のダンスパーティー免除してもらった。俺が仕事の外交パーティーで踊ってばっかなの陛下も知ってるから融通利かせてもらえたし。」
「そんな勝手な…」
「俺が俺の事を勝手に決めるのって悪いの?」
「他人に迷惑をかけていないのなら別に問題は無いですが…」
「だろ?だから問題ない。お前こそ今日はどうしたの?無遅刻無欠席が珍しいな。」
「それは…」
おもわずうつむいて唇を噛みしめる。表情をいつも通りにコントロールできない。カイに上手く言い返せない。ヒルダはそれが悔しかった。口論なら主導権を握っている方が強い。反論だって適切でないとあっさり流される。自分が知ってしまった『余計な事』を話題に出したとしてカイを相手にまともにやり取りが出来るかどうか。そもそも話題に出して問いただす事がためらわれるから顔を合わせたくなかったのに。
静かに黙り込んだヒルダを見てカイもやりすぎたという顔でバツが悪そうに声をかけた。
「別に責めてるわけじゃないから。何でかなって。」
「今日は誰とも踊る気分にはなれないからです。」
「きっちりドレス着てるのに?」
「なら貴方はどうして儀礼服を着ているのですか?」
「父さんにバレるとめんどくさいから。あと普段着だと何かあったのかって皆に思われる。だから誰にも文句言われないように着てるってわけ。まあどうでもよくなったら帰るし。」
「どうでもいいだなんて…」
「祭りの日だから祭りを楽しまなきゃいけないなんて理由ないだろ。楽しくないわけでもないけど。」
「…貴方は自由なんですのね。」
「俺に限らず大抵の奴は自由だろ。お前は不自由そうだけど。」
その言葉にヒルダは頭がくらりとした。『不自由で申し訳ございません』という嫌味が喉まで出かかる。いっそ言ってやろうかと考えていると、唐突にカイが右手を差し出してきた。
「…?何ですの…?」
「踊らない?」
「…え?」
「音楽ここまで聞こえてるし。誰もいないし。」
「確かに誰もいませんが…ここで?」
「会場で皆に見られながら踊りたいならそっちでもいいけど。」
「会場はご遠慮しますわ。…踊りたくないからパーティーへの参加を免除してもらったのでは?」
「そういうの今はどうでもよくない?」
「ふざけているんですの?踊りたいんですの?どちらですか。」
「どっちでも。で、踊る?」
「…せめて、まともにお誘いいただきたいものですわね。」
ヒルダがため息を吐いたのを見ると、右手を差し出したままカイが背筋を伸ばして微笑む。
「一緒に踊っていただけますか?」
カイの真意はヒルダにはわからない。それでもその手を取った。
「よろこんで。」
「よろこんでって顔じゃないんだけど。」
「唐突でしたから。どうして急にダンスに誘ったのですか?」
「踊ればスカートが翻るだろ?せっかくだからシーヌのドレスに仕事させてやりたいって思って。今日のこれ、仕立ての感じからいって相当張り切ってる。見ればわかる。」
「それはシーヌに申し訳ない事をしましたね。誰にも見せていないようなものですし。」
「それなら月に見せたら?」
「でしたら星にも見てもらいましょうか。…私、あまりロマンチストではないのですけれど。」
「嘘だろ。でなかったら、俺こんな気障な台詞とか言わないんだけど。」
「一言多いのはわかっていらっしゃる?」
「さあ?」
呆れたヒルダが黙って踏み出すとそのままダンスが始まる。音楽は遠いがよく聞こえるので踊る事自体は問題ない。ヒルダは何とも言えない気持ちでスカートが広がるようにゆったりとターンする。指先まで気を払い足運びもリードに合わせて。
「やっぱり上手いじゃん。さすがだな。」
「当たり前でしょう。このくらい出来なくては。」
「出来ない奴が多いんだよ。この間なんか足を連続で踏まれた。いっそタップダンスの方がいいな、アレは。」
「それはお気の毒様でした。」
少しだけ笑みがこぼれるヒルダをカイが見つめる。意図が分からないヒルダが見つめ返すとカイが口を開く。
「少しは気が晴れた?」
彼なりに気遣ってくれてはいたらしい。
「ええ、そうね。…やはり会場に行きましょう。これが終わったら。」
「マジ?」
「マジです。」
やはり『あの人が早く目を覚ましますように』なんて自分が願う事すら『余計な事』だったのだろう。踊って忘れてしまおう。
ヒルダは苦笑しながら優雅にターンを決めた。




