祭りに踊りはつきものです4
ダンスが一息ついたところでリィはレベッカを探す。
案の定、ご馳走が並んでいるテーブルのそばで肉を頬張っている。口がハムスターのようである。
「レベッカ。」
「あ、こえうわいお!」
「うん、飲み込んでからしゃべろう。」
もぐもぐと噛み砕いてから一気に水をあおって一言。
「これ美味いぞ!」
「それは良かった。」
「リィはもう全部終わったのか?」
「うん、一区切りついたし。壁の花になってる子もいないみたいだしね。」
「別に踊んなくても…あ、1回は踊んねえとリィのかーちゃんに怒られんのか。」
「そうだよ。皆の前では直接叱らないけれど、後で呼び出しするだろうからね。だから1人でいる子はなるべく誘ってあげないと…。」
「踊りたくないやつ無理やり踊らされるうえに怒られるとか何もいいことねえなあ。」
「まあ皆もうっすら理解している事だけれど、これはダンスの抜き打ちテストだからね?」
「でもリィのとーちゃんさあ…」
「うん…うん。皆まで言わないで。」
ちらりと玉座の方に目をやると、うるさいハインリッヒと眉間に深い皺を寄せたアルべリアが見える。あれはそろそろハインリッヒだけがどこかへ連行されそうだ。
「ねえ、僕達も踊ろうよ!お手本を見せるとかならいいでしょ?お手本!」
「手本なら今回もリィとレベッカが1番手をやってくれただろう。」
「じゃあさ、何か食べよう?せっかく立食形式なんだしさ、一緒に行って…」
「試験官たる私が席を離れるわけにはいかない。お前1人で行ってこい。私は水があれば充分だ。」
「じゃ、じゃあ、誰かに食事を持ってきてもら…」
「私は試験と監視を行っているのだが?不要だ。あと他人に手間をかけさせるな。」
「…パーティーってお仕事なの?ねえお仕事なの?そうなの?」
「そんなだからお前は外交に携われないんだ。わかるか?」
アルべリアは厳しい顔で横目でハインリッヒを睨んだ。その様子はリィ達にもよく見える。
「…パーティーを楽しむ事だって仕事なんだけれどね…。」
「リィはリィのかーちゃんにそれ言わねえのか?」
「言っても聞かない人だから。他人に隙を見せたくないみたいだし。」
「そっか。ところで…」
「ん?」
小首をかしげるリィに同じく小首をかしげてレベッカが問いかける。
「きょろきょろして何を探してんだ?」
「ああ。それなんだけどヒルダ姉様を見かけてないなって思って。」
「そういや『また夜のパーティーで』って言ってたな。」
「レベッカは何か知らない?」
「知らねえぞ?えーと…。」
レベッカもリィにならって会場内を見回したが確かにヒルダらしき少女はいなかった。
「ヒルダは派手だからいるとすぐにわかるんだけどな。いねえな。」
「シーヌが仕立てるヒルダ姉様のドレスはいつも華やかだから、それを着て会場にいたら目につかないわけがないんだけど…。踊っているところはもちろん姿も見かけてないなって気づいてね。」
「いつもなら踊ろうってみんなに囲まれて困ってんのにな。どうしたんだ?」
「わからない。会場から立ち去るなら1曲だけでも踊っていかないといけないんだけど、踊っている姿を見なかったってことは…」
「踊るも何もパーティーに来てないってことか?」
「その可能性がある。…無断欠席するとは思えないんだけどな…。まあ普段から品行方正なヒルダ姉様なら無断欠席でもそんなに叱られたりはしないだろうけど。」
「ひいきはよくねえぞ!」
「確かにね。ただ、ひいきされてはいないし叱られないわけじゃない。真面目なヒルダ姉様が理由もなく無断欠席するとは思えないから、あまり厳しく叱られないだけなんだよ。何か事情があるかもしれないからね。…これが父上だったら理由もなしに気軽にサボるから叱られるどころじゃすまないけど。」
「リィのとーちゃんがパーティーをサボらないのは何でだ?」
「あの人は楽しいのが好きだからね。パーティーじゃなくて堅苦しい式典とかだったなら嫌がってサボったと思うよ、きっと。」
「サボったのか?」
「何回かやらかしてる。」
思わずため息を吐くリィだったがすぐに顔がこわばる。ハインリッヒがラインハルトに抱えられ何人かの騎士達に囲まれながら連行されていくところだった。どこかの部屋に押し込まれ説教される事は想像に難くない。どうやら予想は当たってしまったようだった。
「リィのとーちゃん、どこ行くんだ?」
「こっちが聞きたいよ…。」
「んー…迷っててもしゃあねえな。みんなここで踊るんだろ?どっかにヒルダがいるかもしんねえし手分けして探してみるか?」
「それもそうだね。」
「その前に一度外に出るか。ヒルダのやつ外にいたりしねえかな?」
「いるかな?」
「いたら声かけてみる!」
そう言って試しにベランダに出たレベッカが辺りを見回すと下の道を鮮やかな何かが横切った。
月の光の下でも華やかな金色の長い髪。艶やかな緋色のドレス。外見年齢はうら若い乙女。どことなく見慣れた姿が古い庭園の方へ歩いていくのが見える。
「あれヒルダじゃねえか?」
「本当だ。何であんな所を歩いて…」
「よっし!」
「待って!」
リィは大声を出そうとしたレベッカの口を慌てて手でふさぐ。
「むぐ!?」
「駄目だよ、レベッカ。」
そっと手を離すとレベッカはふくれっ面でリィを睨んできた。
「何でだよ!」
「僕達が見てたってヒルダ姉様に気づかれるからだよ。それに、あの感じ…パーティーには来たけれど会場に入らなかったんじゃないのかな?そうだとしたら叱られるのを承知のうえであえて無断欠席したのかもしれない。…気になるけど、そっとしておいてあげよう?」
「わかった。じゃあ、そのままにしておくか。」
「ごめんね。僕の方からヒルダ姉様の話をふったのに…。」
「オレは別にいいけどよ。ヒルダのやつ大丈夫か?」
「あの庭園は古くて人もあまり来ないけれど、声を上げれば気づく距離だから安全ではあるんだ。…もしかして1人になりたいのかも。」
2人は何ともいえない顔でヒルダの後ろ姿を見送った。