祭りに踊りはつきものです3
パーティー会場である玉座の間には既に大勢の参加者が集まっていた。リィがレベッカをエスコートする形で会場に入る。
「いつもどおりか?」
「いつもどおりだね。頼むよレベッカ。」
「まかせろよ。」
さて祭りの夜はダンスがメインであり、基本的には好きな場所で好き勝手に踊るのが常だ。が、官僚達やその家族、階級の高い騎士達などは違う。彼らは城で行われるダンスパーティーで踊るのだ。
それは何故なのか。外交に関わるからである。
官僚達は外務に関わる事がある。子息や令嬢などは他国へ留学する事がある。騎士達は護衛の任務で外務関係者に同伴する事がある。要するに彼らは外交パーティーなどでダンスを要求される事がある者達だ。つまり城で行われるダンスパーティーはパーティーとは名ばかりのダンスの抜き打ちテストである。少なくとも1人1曲は必ず踊らなければいけない規則だ。
その中でも1番大変なのはリィである。
本当はアルべリアとハインリッヒの方が大変なはずなのだが、女王であるアルべリアは試験官および監視員として玉座から動けない。そして国王のハインリッヒはアルべリアにアレコレと駄々を捏ねて玉座から動かない。…といった状態になるので、1番最初に踊るのは問答無用で王女のリィとなる。
すると『リィと最初に踊るのは誰か』という問題が起こる。
リィは外交関連のパーティーでは仕事のため王子の姿でいる事が多い。そして通常時のパーティーでも下心丸出しの少年達と踊りたくないので大抵は王子の姿でいる。この件に関してはアルべリアもリィが男の姿でいる事を了承しているため、リィはパーティーの時は大体フェアエンデルングを使い王女から王子に変身している。王女の姿のリィと踊りたい少年達には少し可哀そうだが。
リィが王子の姿なので踊る対象は自然と少女達になる。…のだが、その彼女達は栄誉ある1番手を手にしようとすったもんだの大騒ぎになる。喧嘩まではいかないものの蜂の巣をつついたかのような大騒ぎである。これが酷いとじゃんけん大会などに発展して、そのせいで時間が押して踊る時間が少なくなったりして、ダンスの抜き打ちテストができなくなるという本末転倒な事になる。
そこでレベッカである。
身分格差があっぱらぱーなエスペリトゥヴェルトであっても、王族とそれ以外の民とでは身分の差による扱いが生じる。だがレベッカは国の外の住人であると同時にリィの親友でもあるため、身分による扱いの差など無いに等しい。さらにリィには婚約者がいない。故に家族以外で特別扱いする存在は親戚か友人だ。
これらの事実はレベッカの存在を優遇するのには充分すぎた。
つまり『1番手は特別な存在である親友のレベッカと踊る』という事実で少女達を納得させられるのだ。
こうしてレベッカを1番手に据える事によって、自然と2番手以降になった少女達は落ち着いて次の順番を互いに譲り合えるようになる。リィもむやみやたらに少女達に囲まれたりする事はなくなる。レベッカにいたってはダンスに誘われても『もう踊った』と断ってご馳走の食べ放題ができる。そしてアルべリアは落ち着いてダンスの抜き打ちチェックを行える。…と、男性陣はともかく女性陣にとっては良いことづくめな話だった。
「そろそろ始まるから会場の中央に行こうか。」
「何でか知らねえけど、いっつも真ん中だな!」
「そこはご馳走のために我慢してもらえる?」
「まあリィも我慢してるもんなー。」
「曲は覚えてる?」
「大丈夫だぜ。」
2人が中央に進み出ると同時に曲が奏でられる。それに合わせて2人は一緒にステップを踏み出した。
最初の演目はワルツだが通常の優雅なものではなく激しいものである。もはや『テンポよりスピードが命だろコレ』というような有り様だ。そして普通のワルツとは違う、この創作ワルツはかなりの技術を要求してくる。それはアルべリアが相当高い能力を基準としている事実を物語っていた。
ちなみにリィ以上に容易くこのワルツを踊れるほどレベッカのダンスのレベルは高い。
…というのも幼いころ、ご馳走の食べ放題の話を聞いてパーティーに参加したがったレベッカにアルべリアが言ったのだ。
『お前がダンスを踊るというのならば、会場に来て好きなだけご馳走を食べてもいい』と。
それを聞いたレベッカはリィが受けるダンスレッスンに一緒に参加して持ち前の運動神経をもってダンスを覚えた。しかも頭で覚えるのではなく感覚で体に叩き込んで他人に有無を言わせないレベルにまで極める徹底ぶりである。さらに王子の時のリィは身長が188cmなので155cmのレベッカが高いヒールを履いてもかなりの身長差があるのだが、レベッカはそれをものともせずしっかりとステップを踏みながらリィがリードしやすいように踊るのだ。これにはリィも絶句した。
さらにシーヌの作った丈の短いワンピースドレスのおかげで足が綺麗に見えるため長いスカートを翻さなくても華麗に見える。もはやそこらの令嬢より華麗である。可憐ではないが。
もっともそんなレベッカの頭の中は『今すぐパーティー用の飯を食いたい』である。
故に集中して早くダンスを終わらせる事に終始する。楽しく会話することも美しい音楽を楽しむこともしない。当然だ。この踊らなければいけないダンスが終わればご馳走が待っている。レベッカの目はキラキラと…いやギラギラとしている。猛禽類がごとく。
リィが手を軽く持ち上げてレベッカを回転させると高いヒールをもろともせず豪快かつ華麗にターンした。
「すごい!」
「私あんな大きいターンできない…。」
「いやターンって大きくするものだったか?」
「違うと思うけど…レベッカのアレすごいよ。」
この後もターンが連続したが失敗することはなく音もはずさずステップを踏んでいく。
レベッカの『はりきりご馳走ターン』はもれなく絶好調である。
これは早く終わらせてあげなくてはと思ったリィだったが、音楽はダンスの最後まできっちり演奏されるため、無情にも踊りきるまでは終わりではないのだった。