祭りに踊りはつきものです2
あれから城下をぶらぶらと楽しんでみたものの、やはりヒルダの様子が気にかかるリィとレベッカである。
「んー…むりやり誘うのはよくねえって1人にしたけど。よかったのか?」
「話もどことなくそらされてしまったし…あれ以上食い下がるのも、ちょっとね。人には人の事情があるんだから。」
「何かあんのかな?急いでたみたいだったし。」
「それこそ深く聞かれたくない事があったのかもね。」
「じゃあ、やっぱり放っておいた方がいいんだな。」
「まあ、もしかしたら人を探している可能性もあったのかもしれないし…。」
「だれを?」
「そうだとしたら誰だろう。いや、こういうのって藪蛇かな?…あ、あそこだよ。」
リィが指さしたあまりにも巨大なピザ飾りの前にはいつもより派手目な服のポッザがいた。エプロンもピザマークではなくピザの写真がプリントされたものだ。
巨大なピザ飾りがあるこの辺りはピザの香りが充満していた。これではピザ以外の出店を出したとしても全てピザの香りに飲み込まれてしまうだろう。目を輝かせるレベッカとは対照的にリィは苦笑せざるを得なかった。楽しみではあったが、なるほど。この周囲は完全にピザの独壇場である。
「こんにちは、ポッザさん。」
「あら、リィ様にレベッカ。いらっしゃい!札の件ありがとうございました。みんなリィ様に感謝してるんですよ。お願い事もこんなにたくさん!」
その言葉に改めて巨大なピザ飾りを見ると信じられない量の札がぶら下がっていた。圧巻である。
「はー…すげえ…。」
「生地の耳が深くなっていて箱みたいになっている…という事はこれが噂の…」
「シカゴピザ!」
「エスペリトゥヴェルトでは生地が薄いのが主流だから気になるね。」
「チーズがどばって出るんだよな。気になるぜ…。」
「ふふ。お祭りが終わったらチーズの香りつきの油絵の具を流し込んで焼くんですよ。飾りものとはいえ本物に近くなるんです。それとお願い事が空に上がるようにって、ここにあるピザが燃え尽きるまで火で焼き続けます。もちろん他の場所にあるピザもね。あ、2人ともお願い事、書いていきます?」
「そうだね。書いていこうかな…どうする?」
「いいぜ。書こう!」
「ここでいいです?マルゲリータやペパロニミックスやマリナーラなんかも他の場所に置いてありますけど。」
「全部で10種類はあるんだったかな。僕はここで構わないけど、レベッカはどうだい?」
「オレ全部好きだからどこで書いてもいいぜ。なんなら全部まわるか?」
「そんなに欲張ったらいけないよ。じゃあ、ここで書いていこうか。」
「そうですか。どれにします?」
そう言って差し出されてきた札から、リィはトマトソース、レベッカはペパロニを選ぶ。
「ありがとう、ポッザさん。」
「いいえ。どういたしまして。あ、あとですね。できれば名前は書かない方がいいですよ?」
「名前を書かなくていいのか?」
「名前を書いたら誰がどんなお願い事をしたのか、みんなにバレちゃうでしょう?それじゃ気が引けて本当のお願い事を書くのを、きっと躊躇っちゃうから。気にしないのなら逆に書いた方がいいのかもしれないけどね。」
「確かに。ちょっと恥ずかしいお願い事とかだったら書きにくくなってしまうだろうね。まあ知り合いなんかには字の癖とかでバレちゃうんだけど。」
「そうなのか?」
「ふふ。レベッカの札も字だけで当てる自信があるよ?」
「マジか。でも見られてもいいや。変なのじゃねえし。」
「どんなお願いなんだい?」
「『飯が毎日食えますように』だ!リィは?」
「レベッカはもうここで暮らせばいいのに…僕は『父上が仕事を放置しませんように』だよ。」
「リィのとーちゃん仕事サボるもんな!」
「年齢性別関係なしに皺寄せがくるのは僕達なんだ!書いて願いが叶うなら安いものだよ!!」
「あらあらまあまあ。」
ポッザに苦笑されながらも、2人は願い事を書いた札をぶら下げに行く。
「はしごがあるな。真ん中の一番高いところにする!」
「僕は右側の下あたりにしようかな。」
ウキウキしながら梯子を上るレベッカを見てスカートの中身は大丈夫なのかなどと思っていたリィだが、自分が札をかけようとした札かけを見て思わず目を疑う。その札の美麗な文字は公務などでよく見かける。誰のものかなど癖ですぐにわかる。ヒルダのものだ。
『あの人が早く目を覚ましますように』
いくら自堕落な者が多いとはいえ、ありえないくらい長期間の居眠りなど考えられない。ましてや不老不死なのだから奇病にでもかからないと、いわゆる人間で言うところの植物状態になるなどありえない。精霊とはそういう種族だ。だから考えられるとしたら、いわゆる『馬鹿な事をしている者に言う目を覚ませ』である。
───では、あの人とは?
リィはヒルダがそそくさと立ち去ったのはこの札を書くためだったのではないかと今は思っている。内容を追及されたくなくてコソコソと1人でここにやってきたのでは?案の定ヒルダが書いたとおぼしき札には名前が書かれていない。
───これは深入りしていい問題なのだろうか?
リィの頭を疑問がよぎる。身内とはいえ人の人間関係に首を突っ込んでいいものだろうか。いや、よくない。思わず渋い顔になる。何か困りごとがあるというのなら手助けをしたいが、それこそが余計なお世話になる場合もある。
───見なかったことにするべきか?
するべきである。1人にしてほしいと頼むほどなのだ。おそらく大事な相手の事に違いない。
…と、ここまで黙って考えていたリィだが気配を感じてそちらへ振り替える。いつのまにか自分の横にレベッカが黙って立っていた。リィを見上げている。
「だれの札だ?何かあんのか?」
「いや、ええと…」
「オレ難しい字はわかんねえけど、読まねえ方がいいよな?」
「そう…だね。人の願い事を覗くのはあまりよくないね。」
「読んでたのはリィだろ?」
「知り合いの字に似ててね、つい…」
札に後ろ髪を引かれながらもリィは見なかったことにした。