祭りに踊りはつきものです1
玉座の間にはリッター4公とその家族をはじめとした官僚達や騎士達が列になって静かに並んでいる。また彼らの正面にある玉座にはアルべリア、ハインリッヒ、男の姿のリィ、ラインハルトが並んでいた。仕事で城内の各自持ち場に待機している騎士達や、城内外のエスペリトゥヴェルトの民達は耳を澄ませている。
アルべリアが王笏を掲げると国中に涼やかな鈴の音が広がっていく。
「今この時をもってサンクライノート祭を開催する!」
伝達魔法によって国中の全てに響き渡る、王妃改め女王陛下の号令にあちらこちらから歓声が上がる。現在の昼12時から翌日の昼12時までの24時間はサンクライノート祭だ。祭りが始まったのが楽しくて仕方がないというようにどこもかしこも一気に賑わいだした。
…ちなみに号令を下すのが何で王妃であるアルべリアの方であるかというと、国王であるハインリッヒの号令ではイマイチみんなが盛り上がらないからである。まあ2500年ほど前からこんな調子なので今更変える必要もないが。ちなみにハインリッヒには護衛という名の監視もつく。日頃の行いの成果である。
とにもかくにも祭りは開催されたのだった。
祭りに踊りはつきものです
「いっぱい人いるなー。」
「レベッカはサンクライノート祭がある度に同じことを言っているね。」
からかうように微笑むリィに向かってレベッカがジト目で不満げに返事をする。
「祭りがあるたびに同じってんなら、リィは祭りがあるたびに男になってるよな。」
「だってドレスを着た女の子の姿だと胸目当ての男の子達に囲まれて楽しむものも楽しめないからね。あと女の子達と一緒に楽しむなら男の姿で儀礼服を着た方が喜ばれるんだよ?何より着慣れているしね。」
「なんだよそれ!俺なんてシーヌに毎回ドレス着せられてんだぞ!?腹んとこゆるくて飯がいっぱい食えるからいいけど!いっぱいあるひらひらとかめちゃくちゃ邪魔なんだぜ、これ!リィも着ろよ!!」
シーヌとはエスペリトゥヴェルト王城内に存在する仕立て屋工房の専属メイドだ。本名はシュナイデリア。見た目は性別不詳の8歳くらいの子供なのだが実際は5300歳で仕事経験も豊富。その腕は確かで彼女を舐めてかかる者はいないほどだ。
そんな彼女の仕事には王族用の儀礼服の仕立てなども含まれるのだが、ハインリッヒは適当でアルべリアは質素でリィは基本男性用ばかり、と毎度こんな有様なのでドレスを仕立てる機会が滅多にない。そのせいでシーヌにはドレスを仕立てる機会があると大量に仕立てる悪癖がついてしまった。しかも容赦なく相手に着せにかかる。こうなると着用者との攻防である。
それこそ精霊ではないレベッカはずっと女の性別のままなのでシーヌに目をつけられており、催し物があると王女の親友だからという理由だけで問答無用で新作のドレスを着せられる。もっとも動きやすさを大事にしているレベッカが丈の長さを譲らないため、シーヌは毎回太もも丈ワンピース縛りで新作のドレスを仕立てるはめになっているのだが。
「レベッカには申し訳ないけど女の姿になる必要がない限りご遠慮するよ。あとシーヌがまともにドレスを仕立てられるのはヒルダ姉様のドレスを仕立てる時くらいしかないから、できればレベッカにも協力してほしいんだ。」
「だから今ドレス着てんだろ?みんなはドレスとか着ないで普段より派手にしてるだけなのによ。」
「皆が羨ましいのは僕も同じだけれどね。今日は夜のダンスパーティーがあるから仕方がないかな。それともレベッカは欠席するかい?」
「いやだ!オレ毎回パーティー用の飯を楽しみにしてんだぜ?食い放題だしよ!」
「立食形式でよかったね。」
思わず苦笑してしまうリィである。
「そういえばポッザのピザはどうなったんだ?リィが言い出した板ぶら下げるやつ。」
「巨大なピザ生地を何枚か作って国中のあちらこちらに置いておいたそうだよ。香りのついた具の形の板もたくさん札として用意できたみたいだ。それでピザ生地なんだけどね。粘土と絵の具と魔法で本物みたいに完全再現されているよ?ピザ生地のある所に行ってみるかい?」
「行く!どこがいいんだ?」
「ここからなら異世界歴史展示エリアが一番近いかな。ああ、それからピザ生地の近くにはピザをクレープ状にしたものを売っている出店もあるみたい。」
「マジか!早く行こうぜ!!」
「じゃあ、さっそく…あれ?」
「どうした?」
「あそこを歩いている人…」
「あ、頭だけしか見えねえけどヒルダか?おーい、ヒルダー!!」
呼ばれて振り向いたヒルダに近づいたリィとレベッカは驚く。
儀礼用のドレスで朝の開催式に出て、その後から夕方までは部屋にいて、夜は華やかなドレスでパーティー。それが終わってから控えめなドレスで城下に下りてくる。それがリィとレベッカの知るヒルダのサンクライノート祭でのローテーションだった。
それがこの時間に城下をうろついている。しかも普段着で。
「ヒルダ姉様…」
「ヒルダ、どうしたんだ?いつもはドレスだろ?」
「リヒトクローネ様、レベッカ、ごきげんよう。夜のパーティーにはドレスで出席いたしますよ。」
「そうですか。サンクライノート祭の日に普段着で散策しているところを見るのは初めてだったものですから…。大変失礼いたしました。」
「お気になさらないでください。そうですね。…息抜き、といったところでしょうか。」
「息抜き?なのか?」
「そう。たまには、ね。それより2人ともパーティー用の服でうろつくだなんて。汚してしまったらどうするのです?」
「魔法で綺麗にしようかと。レベッカには替えの服もありますし。」
「そうでしたか。レベッカ、いつもの赤い服と違って白地に空色の飾りのドレスなのですね。よく似合っていますよ。」
「あんがとな!ヒルダ、俺達と一緒に行こうぜ!」
「お誘いは嬉しいのですけど、今は1人にしてくださいな。また夜のパーティーで。」
「そっかー。またな。」
「ええ、また。」
そう言ってヒルダはそそくさと立ち去ってしまった。