王様は遊ぶのもはた迷惑なんです5
城内の通路を軽やかに走っていたアルシュだが車内の空気は非常に重かった。
「……。」
リィは落ち込んでうつむいていた。
それもそうだろう。ただ宝玉の仮展示を見に行っただけだったのに、危うくサンクライノート祭になくてはならないガイスト・クライノートを壊すかもしれないところだったのだ。やらかしたのがハインリッヒだとしても、大広間に行く事を決めた自分に責任があるとリィは思っている。そもそも『ハインリッヒがその場にいる事がどれだけ問題か』を軽視していた自分が悪いのだ、と。
レベッカはジト目でハインリッヒを見ていた。
レベッカからすれば今回の騒ぎは何か面白そうなものを見に行ったのにハインリッヒがやらかしたせいで台無しになったという認識である。しかも特に何も悪い事をしていないリィがすごく落ち込んでいる。納得ができない。
ハインリッヒは冷や汗をダラダラかいていた。
レベッカの冷ややかな視線が隣から突き刺さるし、リィはハインリッヒのやらかしのせいで酷く落ち込んでいるし、何よりアデルに怪我をさせかけた。アデルが宝玉を持っている事に気づいてなかったとはいえ今回の行動は充分に反省するべき案件だ。それに場の空気が重くても、やらかしについては謝っておくべきである。
「あの…」
「何でしょう、陛下。」
「さっきはごめんね。怪我大丈夫だった?」
「怪我はしておりませんよ。…先程の私の言動は非常に不用意でした。申し訳ございません。ですが宝玉の取り扱いを考えての事です。どうかご容赦いただきたく存じます。」
「ぜっ、全然いいよ!うん!大丈夫だから!!」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ…」
いざ会話してみると口調は日頃と変わりなく、態度も冷たくはないのでアデルは怒っているわけでは無いようだ。
よくよく見ると運転しながらリィをチラ見している。普段の彼なら『わき見運転はよくない』とまっすぐ前ばかり見ているのだが、さすがにリィの落ち込みようを放ってはおけないのだろう。話しかけるタイミングを見計らっているようだ。
「さっきのリィのせいじゃねえぞ。」
今回の件に関して最初に口火を切ったのはレベッカだった。
「話してるだけなら良かったんだろ?アデル。」
「ああ。積極的に騒いでいるなら問題になるが、普通に会話する分には問題ないよ。」
「だったらリィのせいじゃねえぞ。騒いでたのはハルトとリィのとーちゃんだし。いきなりアデルの服を引っ張ったのもリィのとーちゃんだし。」
「いや、箱が、見えてなくて…」
「あんなにデカかったのにか?」
「…すみません…。」
ハインリッヒはがっくりと肩を落とす。いやレベッカが言っていることはほぼ正論なのでハインリッヒは落ち込むよりも反省すべきだが。そんな状況でもリィは自分のせいだと思っていたので謝った。
「ごめんなさい…宝玉の仮展示を見たいなんて考えたぼくが悪かったのです…。」
その様子を見ていたアデルはアルシュを道の脇に止めた。
「このまま少しお待ちください。」
そうして自分だけがアルシュから降りると通路脇の木から葉をいくつかむしり取る。通路にある木の枝や葉をむやみやたらに使う事はあまり良い事とされていないのだが、何かを作るのに必要なら問題ないとされている。
アデルはむしり取った葉を持ってアルシュの後部座席の後ろに立った。次の瞬間。
「えっ…これ…」
異世界文化に詳しいハインリッヒならわかる。
これは───ジェットコースターの安全バー。肩にかける安全装置である。何故かそれが肩にしっかりかかっている。次に手すりが目の前に設置された。どちらもフェアエンデルングで葉を変化させて作ったらしい。そしてアデルはレベッカにも同じ処置を施した後でリィを運転席に座らせ、自分とリィにもまったく同じ処置を施した。
これでアルシュは全員でジェットコースターに乗っているような状態になっている。
「リヒトクローネ様。」
「アデル…。」
「貴女が行きたいとおっしゃっていた、あの通路に行きましょうか。」
アデルのその発言にリィの目が輝く。
「行ってもいいのですか!?」
「今日だけですよ?あ、ああ。確認はしておきますね。運転はかまいませんので、どうぞ。」
唐突にアデルの耳のピアスが光って点滅する。
「妃殿下。」
『アデルか。』
アデルはアルべリアに連絡をとったようだ。この時点でハインリッヒは嫌な予感がしている。しかし自分がやらかした事を明確に許されたわけではないので騒ぎ立てられない。そうこうしているとリィが運転を始めた。アデルはアルべリアに質問する。
「宝玉の仮展示の事なのですが…。」
『それなら聞き及んでいる。宝玉には問題は無いとハルトから報告が上がっている。』
「ではリヒトクローネ様に責任はございませんね?」
『ああ。事を起こしたのはハインリッヒだしな。』
「では…1059番259通路の通行許可をいただきたいのですが…。」
『許可しよう。…リィにあまり気にするなと伝えておけ。』
「承知いたしました。」
連絡が終了するとアデルは笑顔でリィに振り替える。
「妃殿下から許可が下りました。あまり気になさらないように、とのことです。」
「ありがとうございます、アデル!そしてもうついたのですよ!」
「乗った時から元よりこちらの方に走らせていましたので。」
中央渡り廊下には近いが大半の者が踏み入らない道、1059番259通路。この道にあまり踏み入る者がいない理由。そう制限速度。
「限界速度ギリギリで走ってもいいですか!?」
「200は駄目ですが199までならよろしいですよ?安全運転でお願いしますね。」
「行くのです!行くのです!!」
「ひゃっほー!やったぜ!!」
「ウソ…でしょ…」
「ハインリッヒ様。口を噤まなければ舌を噛みますよ?」
「それでは行くのです!!」
「あああ、ちょっ、ちょっと待っ…」
タッチパネルは高速早打ち。エンジンはフルスロットル。
ハインリッヒがやらかしを反省するには充分すぎる速度199であった。