王様は遊ぶのもはた迷惑なんです4
エスペリトゥヴェルト城内の大広間は少し変わっている。
部屋自体は蔦が巻きついた年季を感じさせる樹木の洞なのに、床は新築の建物のような白い天然の大理石になっている。大きな部屋30個分の広さの円形の部屋で、中央上部はくりぬかれたようにぽっかりと穴が開き日差しが差し込んでいる。そして壁には部屋を囲むように一定間隔でいくつもの廊下が並んでいた。
辺りには騎士達が大勢いてそれぞれの廊下の入り口でアレコレと確認している。
「8番廊下の夕方のシフト誰だ?」
「アレックスと…おい、シフト誰だっけ!」
「アレックスとミハイルだろ!夜はバートとフランツ!」
「台座まだ来ないのか?」
「1ヶ月前から設置して壊れたりとかしないのかな?」
「だから強化魔法と結界魔法をかけるんだろ?」
リィ達はアルシュを安全な場所に乗り付けてから降りて再び片付ける。
「乗りものとしては便利だけどやっぱり収納に難があるよねぇ…。」
「おとーさんはどれだけ便利が好きなのですか…不便よりはいいですけど…。」
「人がけっこう集まってんな。この部屋いつもは使ってねえんだろ?」
「はい。おかーさんは基本的に玉座や騎士団の詰所にいるのでこの部屋に来たりはしません。何より大広間のわりに城の中央とかではなく南側にあるので普段は素通りするか掃除するだけの場所なのですよ。式典とかお祭りとかがないと立ち寄る事もないのです。」
「へー…」
あたりをきょろきょろと見回したレベッカは見知った顔が走りこんでくるのを見て大きく手をふった。
「おーい!ハルトー!」
「え…え、レベッカ!?リィも…いや何でハインリッヒを連れてくるかなぁ!?ここに!!」
「ちょっとどういう事!?僕がここに来ることに何の問題が!?」
「あるんだよ!今日はここで台座の調整を行うのに…」
「あれ?じゃあ…」
「今日はガイスト・クライノートを仮展示する日なのですよ!!」
「だから宝玉を飾ってるかも、みたいな言い方だったのかー…。」
「誰だ?大広間に来ようって言ったの。」
「リィだぜ?」
「ぼくなのです!おとーさんは拘束しているから問題ないのですよ。」
「拘束されていても何かやらかすのがハインリッヒなんだよ。リィ。」
「うーん…おかーさんに許可はとったのですが…。」
「師父の許可があっても今日は大人しく出て行ってくれ。」
明らかな敬遠ムードにハインリッヒは頬を膨らませる。
「何でそこまで言われなきゃなんないわけ!?」
「こっちはそこまで言うほど戦々恐々なんだよ!お前が何かやらかさないかで!!」
「失礼しちゃうね!何もすることがないから何もやらかさないよ!!」
「何かすることがあったら何かやらかすのか!お前は!!」
ハインリッヒとラインハルトが勝手にわあわあ言い始めたためリィとレベッカは暇つぶしにきょろきょろと辺りを見回した。すると宝玉を乗せる大きな台座が運び込まれてくるところだった。
「あれにのっけるのか?」
「そうなのです!確か宝玉も持ってきているはずなのですが…」
「あ、あれじゃねえか?」
「あ!きっとそうですね。アデルー!!」
アデルは呼ばれたことに気がついてリィとレベッカの元へやってきた。胸には大きな箱を抱えている。ガイスト・クライノートが入っているので中身は相当重いはずだがアデルの腕力なら問題は無い。
「リヒトクローネ様、レベッカ、大広間に来ていたのですね。」
「おとーさんも一緒なのです。」
その言葉にアデルは困ったように眉を下げる。
リィはハインリッヒを連れてきていても安全だと言わんばかりに、ハインリッヒを拘束している紐を見せるがアデルの顔は曇ったままだった。
「やっぱり駄目だったのでしょうか?」
「ええ…飾った後なら何事もなく安心だったのでしょうが、飾る前となりますと…それこそ何が起きるかわかりませんから。ハインリッヒ様が何もしなくても不測の事態が起きる可能性もありますし…」
「いやそれ僕がいるだけで不測の事態が起きるって言ってるようなものだよね!?」
ラインハルトを振り切ってきたらしいハインリッヒがいきなりアデルのローブの袖を思いっきり引っ張る。
「うわっ!?」
宝玉を守ろうと思わず足で踏ん張りかけたアデルだが、それで手を滑らせうっかり宝玉を落として何かあったら意味がない。そう判断したので床が大理石であるにも関わらず斜めにしりもちをついて自分を箱のためのクッションにした。
「アデル!!大丈夫ですか!?」
「私は問題ありません!それより宝玉は…」
「ほら!言ってるそばから!大丈夫か!?アデル!!」
「ハルト!私より宝玉を確認してくれ!!」
アデルが床に置いた箱に駆け付けたラインハルトが手を伸ばす。ハインリッヒも思わず手を伸ばすが。
「触るな!!!」
ラインハルトにものすごい勢いで怒鳴られてしまう。
いつもなら『主君に不敬だ』と注意してくるアデルも宝玉に何かあったらと気が気ではないらしくラインハルトを止めはしない。
その一方で箱を開けたラインハルトは綿に包まれた宝玉を箱の中でぐるぐると回し異変が無いか確認している。何事も無かったのだろう。長いため息を吐いてから顔を上げた。
「大丈夫だ。細かい事は魔力精査しなきゃなんないが、ひとまず今は何の異変もない。」
宝玉は無事だったようだが、さすがにこれはハインリッヒが悪かった。騒ぎを聞きつけ集まってきた周囲の視線も相まって非常に気まずい。ハインリッヒやレベッカもそうだが、特に大広間に行こうと提案したリィの方はもう泣きそうになっている。
「…ごめんなさい…」
「リィ…。いや、いい。俺も悪かった。過剰に反応しすぎた。でもわかっただろう?何が起こるかわからない…というよりも、何をやらかすかわからないから、ハインリッヒを外へ連れて行ってくれないか?リィ達について行ってやってくれ、アデル。ここは俺達だけでも大丈夫だから。」
さすがに返す言葉も無かった3人は大人しくアルシュを取り出すとアデルに付き添ってもらい大広間を出たのだった。




