王様は遊ぶのもはた迷惑なんです1
「あー、やってらんなーい!なんで僕ばっかり我慢しなきゃいけないわけ!?」
不満タラタラのハインリッヒにリィは眉をひそめた。レベッカも呆れている。
「みんなはお祭りの準備で忙しいのですよ。おとーさんと遊ぶ暇はないのです!」
「リィのとーちゃんがいっつもよけーな事するからだろ?」
その言葉にハインリッヒは恨めしげに2人を見やる。
「僕は非常に不満なんだよ。リィ。レベッカ。だって誰もお祭りのお仕事くれないもん…何もするなって…僕は王様なのに…なのに…。」
ハインリッヒはそうつぶやくと机に突っ伏した。
王様は遊ぶのもはた迷惑なんです
エスペリトゥヴェルトは常春の国なので季節に際立った変化はないのだが、毎日が春でもカレンダーがあるため今が何月の何日であるかはわかる。現在9月初旬。10月上旬の祭りに向けて準備が始まっている。
祭りの名前はサンクライノート祭。聖なる宝玉『ガイスト・クライノート』が発見された事にちなんで、10年に1度国を挙げたパーティーを開く国民の祝日である。ちなみに国民の住居以外の場所がすべて祭りの会場と化すとんでもない祭りなのだが自由参加なのでもちろん欠席も可である。もっとも欠席者は病欠者か偏屈者くらいなので基本的に国民のほぼ9割以上が参加するのだが。
それ故に祭りの準備も大掛かりなものとなる。大体2年ぐらい前から準備に取り掛からなければならないので関係者は通常業務や外せない仕事以外の時間を祭りに関わる仕事に割いている。さらに祭りの1ヶ月前にあたる今は一気に仕事内容が増えるから特に多忙だ。
こうなるとハインリッヒにも仕事が──…無かった。
ぶっちゃけると『お前が関わると仕事が増えるからいつも通り遊んでいてくれ』という事である。
「僕だってお祭りしたいのに!したいのに!」
「お祭りには参加できるのですよ?」
「ちーがーうーのー!準備がしたいのー!!」
「お仕事が増えるからやめてほしいのですよ…。」
ハインリッヒとリィは先ほどから再三このやり取りを繰り返している。
レベッカは飽きたのかDvdやBlu-rayの棚を漁っていた。
「なー!リィのとーちゃん!何か新作ないかー?」
「あ!ちょっと気を付けて扱ってよね割れたら大変!!」
「そんなこと言われたって開けなきゃ中のやつ見れねーだろ?ってゆーかひまなんだよなー。リィのとーちゃん見はるのもあきたし!」
「それは僕も飽きたのです…いい加減おとーさんのお部屋から出たいのですよー。」
「何かひまつぶしできねーかなー。」
「暇つぶしですか…暇つぶし…おとーさんを見張りながら出来る事…。」
「んー…ようはリィのとーちゃんとずっと一緒にいればいいんだろ?一緒に部屋の外をうろつくのは?」
「えっ…」
リィは思わず黙り込む。そんな事をしたらハインリッヒに逃げ出す口実を与えやしないか。それで逃げ出されて面倒ごとが起こったら怒られるのはリィである。
「いいね!それ!リィ、おとーさんと遊びに行こう!!」
「お祭りの準備がしたいのではなかったのですか!?」
「だってお仕事もらえないもん。なら遊びに行ってもいいじゃん?」
「うぐっ…」
思わず言葉につまるリィである。
ハインリッヒの仕事は趣味と実益を兼ねたものなので絶対やらなければいけない仕事ではない。あとサンクライノート祭に関わる仕事等はまず回されてこない。そして『魔導科学』については何かを作るのはしばらく禁止、『異世界文化振興』も報告書だけ書き上げて余計な事はしない事、『夜の営み』は女王陛下の体調に差し障るので接触禁止…と、もはやハインリッヒは『お前は何もするな』状態に置かれている。
…のだが別に自由に遊ぶことは禁止されていない。
「お仕事がないのなら何でも好きな事をやってもいいと思うんだよね僕はね!!」
「そういう事を言うからお説教がとんでくるのですよ!!」
「じゃあリィはおとーさんとここに軟禁されたままでいいのかい?レベッカは帰ればいいだけだけどリィはそうはいかないよねぇ?」
「ひっ、卑怯なのですよー!!」
リィに泣きが入ったのを見てレベッカも何か思うところがあったのか少し考えた後で提案してくる。
「っつうか、リィのとーちゃんがみんなの邪魔をしてねーのがわかればいいんだろ?誰もいねーとこじゃなくてみんなが見てる前でぶらぶらすればやべえ事してないってみんなもわかるんじゃね?」
「みんなが見てる前…ですか?」
「人がいっぱいいる廊下とか、城下町の噴水広場とか?あとはアルシュを乗りまわすのもありじゃねーか?」
アルシュとはエスペリトゥヴェルトにおける特殊な乗り物である。
後ろ側の座る部分にはソファが縦や横に並んでいて、前面にあたる一番前に運転席があり、そこに設置されているタッチパネルを操作して空中を走るという四角い箱だ。ちなみにトロッコみたいものなので上半分は無い。
ちなみにアルシュには制限速度や規則があるのだが、それを守りさえすればどこをどう走っても誰にも文句は言われない。まあ制限速度ギリギリでかっ飛ばすリィはいつもアデルに怒られているが。
「ふふん、おとーさんと一緒ならかっ飛ばしても怒られないぞー?制限速度をギリギリ守れたらだけど!!」
「卑怯なのですー!ぼくがアルシュを運転できないの知ってて!!」
「え?リィ運転できねーのか?」
「運転自体はできるのです。ただアデルに『スピード違反をする可能性がある以上は気軽に運転をしてはいけませんよ』って念を押されたのです…。」
「おとーさんならそんな事は言わないぞぅ?どうする?どうする?」
「うぐ…」
リィはハインリッヒを野放しにする危険性と自分がアルシュを運転しても良いという誘惑とで心が揺れていた。善悪の天秤がフル稼働で激しく上下している。
「どーうーすーるー?」
「ふぐぅ…」
するとあっけらかんとしたようにレベッカが言った。
「あっちにあった。これつけてきゃいいんじゃねえか?」
笑顔で振り向いたレベッカの手には銀に輝く手錠があった。