貴族とは存外めんどくさかったりする4
シャルジェ、トルバ、フリードはとりあえず黙ってパトリオートに任せることにした。
軽口を叩くのならばアルべリアの口がもう少し軽くなってからの方がいい。実際今のアルべリアは彼女にしては珍しくむくれている。余計な時に余計な事を言うとめんどくさいことになるのは全員知っている。
文句さえべろべろと出てくれれば愚痴も出るようになるから対応が楽になる。
それを知ってか知らずかいや知らないのだが、アルべリアは大きくため息を吐いてから細々と語りだした。
「ランツェ卿のいう事はもっともだと思う。だがな、ハインリッヒは『あの部屋に巨大モニターをつけたい』と。」
「巨大モニター?あの落ち着いた寝室にですか?」
「そうだ。」
「貴女と一緒に映画を見たいとか?」
「いや『ミラクルマジック☆シャイニーリリィ』を第1期の1話初回から最新話まで付き合わせる気だ。劇場版付きで。」
「巨大モニターはやめた方がいいですね。」
「そうだな。ついでにこの件について言うなら『リリィの抱き枕を持ち込みたい』と。『コミカライズ版の漫画も持ち込みたい』と。私的にはあの寝室ではなく執務室に置けと思う。」
「ええ、そうですね!寝室に持ち込むものではないですね、それは!!」
「アクスト伯、落ち着いてください。」
思わず声を上げたトルバをパトリオートが諫めた。…が、これは思わず声を上げて非難したくなっても仕方がない。ベッドが離れていても妻が同じ部屋にいるのだ。なのに妻ではなく2次元の美少女を抱きしめたいとか何のつもりだあの国王は。
一方でアルべリアはやや疲れた顔で全員を見回して訴えた。
「私はハインリッヒがシャイニーリリィに入れ込んでいようが、若い女の愛人を作ろうが、何ならいかがわしい連中を集めて性的な享楽に耽ろうが別にいい。私や民を巻き添えにしなければ何でもかまわん。ただリリィと戯れたいだけならわざわざあの寝室を使う必要は無いだろう?大量…いや大勢のリリィが執務室にいっぱいいるからな。」
「ええ。確かにあの寝室を使う必要性を感じませんね。」
「とにかく『巨大モニターはやめろ』と言って止めたんだ。」
「それが賢明でしょうね。」
「すると今度は何を言いだしたと思う?」
「何です?」
「『ポッザ・マルグレッテの絵を置こう』と。」
「すみません、今『ポッザ・マルグレッテ』と言いました?あの画家の?」
「ああ。」
「やたらと美味しそうなピザの絵しか描かない、あのポッザ?」
これには思わず4公全員の顔が引きつった。
ポッザ・マルグレッテとはエスペリトゥヴェルトにいる芸術家達の中でもピザのイラストや絵画しか描かない変わり者の画家である。実際にピザ屋達が使っている看板やチラシのピザのイラストなんかは大体が彼女の作品であり、絵画などでは『ポッザおばさんのラッキー☆ピザ』シリーズなんかが有名で飛ぶように売れている。ちなみに写真を上回る勢いで再現力に満ち溢れたダイナミックな作品である。
彼女の作品は個人の家やピザ屋以外では美術館にあるのだが、美しい肖像画や風景画などの絵画の中に大きすぎるピザの絵が飾られるのはあんまりなので『ポッザコーナー』なる、もはや個展みたいなコーナーが美術館の端に作られている。ついでに『ポッザのトリックアート(ピザ)』なるものがあるおかげで現代アート的なもののコーナーも作られたらしく、そちら側のアーティスト達からは非常にリスペクトされているのだとか。
「ポッザに頼んで壁に合った大きさの巨大マルゲリータを描いてもらおうと…。」
「それは…何とまあ…」
「あの爽やかな部屋に…マルゲリータの香りが充満するんだぞ…?」
「香りを魔法で再現する『ポッザおばさんのラッキー☆ピザ』シリーズですか…よりにもよって…。」
「それならシャイニーリリィの等身大ポスターの方がマシだが…そんなもののために壁に画鋲で穴を開けたりセロテープを貼ったりしたくない…。」
「…無意味に部屋が傷つきますね…何よりポスターにしろ絵にしろ落ち着けませんし…。」
全員がげんなりしてきた。寝室が2次元魔法少女か2次元巨大ピザで侵食されるのである。ちょっと考えたくない。とりあえずシャルジェが思いついたことを言ってみる。
「陛下、いっそ家族の肖像画を飾るよう提案なされては…?」
「毎日顔を合わせているのにか?」
「殿下の肖像画とか。」
「それならあいつの執務室にしろ私の私室にしろ、ハインリッヒを出禁にしてリィと寝るぞ、私は。そうすれば肖像画や写真といったものはいらない。」
「殿下を愛しているからとかではないのですね、そこは…。」
するとムッとした顔でアルべリアはシャルジェを睨みつけた。
「愛しているからこそハインリッヒのような男を選ぶ前にいい男を宛がっておきたいと思ったのだが。リィの将来のために。」
あ、ヤバい。話が元に戻ってきた。愚痴に戻さねば。しかし話を堂々巡りにするわけにはいかないのでフリードはハインリッヒの方をさらに掘り返すことにした。
「ハインリッヒ様のような方では問題だと?」
「当然だシルト公。」
「ハインリッヒ様にもいいところはあるでしょう?」
「そうだな。ただ研究者ならばともかく王族としてはどうだ?」
「それは…」
藪蛇をつついた。今回の婚約者話の大本ともいえるハインリッヒは、その享楽的な性格はもちろん王族としての能力も酷いものだった。
子供の頃からこれでもかと王族教育を叩き込み、いざ国王に即位した後には補佐官を50人も用意して国政を任せたのだが。
僅か2週間で国が傾きかけた。
これでは不味いと全員が理解していたので苦心しながらも幾度も王族教育の基礎を教えては実践させた。アルべリアが妻となってからは無能は許さないと言わんばかりに、彼女自らが国王に必要なもの全てをハインリッヒに容赦なく叩きこんだ。そして補佐官も100人に増やした。…一応ハインリッヒは成長したのだが。
国を1ヶ月維持できれば良い方だった。
国政に向いているのは間違いなくアルべリアの方であると断言できた。