貴族とは存外めんどくさかったりする3
唐突にお出しされた爆弾発言に困惑はしていたものの、ここまで議題が進めば先も大体予想がつく。
トルバは彼にしては珍しく強い物言いで口を開いた。
「うちのエドワードも候補に入っていたりはしませんよね?」
「当然入れているが?」
「陛下…見ればわかるでしょう…?」
ここで精霊達の大人としての基準について話をしよう。
彼らにとって大人とは『外見年齢が成人に達しているかどうか』『2000歳を超えているかどうか』の2つの基準のうちどちらかを満たした者になる。つまり『10歳くらいでも外見年齢が成人しているなら大人』『まだ子供の姿でも2000歳に達しているなら大人』というような感じの大雑把な基準である。その上で周囲の反応に合わせて何となくで大人か子供かを判断している。
そして2つの基準のうちどちらも満たしていないものは当然────
「エドワードは実年齢は200歳で外見年齢は8歳くらいです!本人の精神年齢を併せてもまだ子供ですよ!?」
「それを言うならリィだって今はまだ子供だ。それに子供のうちに婚約を決めておけば将来的に必要な王族教育に取り組めるメリットだって…」
「素直すぎるあの子には荷が重すぎます!ましてや伴侶として立派に育ったとしても婚約が何らかの形で破談にでもなったらヒルダが何と言うか!!」
「そのヒルダが王位継承権を返上したから弟のエドワードが王位継承権第3位なのだが。王位に近い男子の1人だぞ、あの子は。」
「ふぐっ…。と、とにかく駄目です!」
トルバは思わずシャルジェに目配せすをる。4公の息子たちを婚約者候補に挙げる流れなら、必然的に4人目は。
「最後はうちの一人息子ですかな?王配に据えられてしまったら我がリッターシュヴェルト公爵家は血が絶えてしまうことになりますな。」
「それを言うならうちもですよ。カイも一人息子なので我がリッターランツェ公爵家の血が絶えてしまいます。何より婚姻による家の断絶によって4公の力の均衡が崩れてしまっては、子供達はもちろん民にも何かしらの影響が出て問題になるやも…」
シャルジェに続いて念を押すようにパトリオートも進言してくる。
これにはアルべリアもやや渋面になる。
「リィの立場も貴方達の家の事情もわかっているつもりだが、何もそこまで必死になって進言してくることは無いだろう。娘がたらい回しにされているようで少し気分が悪い。」
これには4公も揃ってため息を吐いた。
フリードが嗜めるようにアルべリアに話しかける。
「わかっておりますよ、陛下。ただ4公の血筋の者以外にも王配に相応しい者はいるでしょう?本人達が今の関係や年齢を気にしないのならば、いっそラインハルト殿下をお相手にしても問題はありませんし。逆にこれから先の出会いの中で王配や妃に相応しい者を殿下がご自分で見出す可能性もあります。…そもそも殿下の婚姻は自由にさせてあげたい、と考えていらしたではありませんか。何故急にこのような話を?」
困ったような4公の態度にアルべリアは完全に肩を落として呟くように言葉を絞り出した。
「…ハインリッヒのような男を選んだらどうしようかと思って…」
いや待て国王の方に話が飛んだぞ?
アルべリア以外の全員が全力でアルべリアに気づかれないよう目を合わせて高速アイコンタクトを始める。これは誘導次第では会議から『そろそろやらねば女王の愚痴吐き相談会』に状況をすり替える事が出来るかもしれない。そもそも会議が行われる時は大体アルべリアが思いつめた時だ。
これはハインリッヒがまたもや何かやらかしてそれで思い詰めているに違いない。たまには違うかもしれないが大体そうと決まっている。
全員の目が語っている。よし、誘導しよう。一番女王に信頼されているパトリオートが即行で動く。アルべリアの近くに跪いて優しく顔を覗き込んだ。
「ハインリッヒ様がまた何か…?」
「ハインリッヒがのたまう『私とハインリッヒの夫婦の寝室』について知っているか?」
思わず全員が『あっ、これは…』となる。
『アルべリアとハインリッヒの夫婦の寝室』とは『ハインリッヒが友達と泊まる部屋』と称してアルべリアが作ったそれなりに豪華な寝室である。キングサイズのベッドもなければ二つあるツインのベッドも距離が離されて置いてあるため、何も聞かされていなかったパトリオート達は最初この寝室を『国外からの賓客用の客室』だと思っていたくらいである。
「あの寝室がどうかしましたか?」
「あの部屋を私達で使おうと言うんだ。」
「別によろしいのでは…?」
「嫌だ。ただ一緒に寝たいだけならハインリッヒの執務室か私の私室でいいのに…」
唐突に部屋の話が始まったが無事に愚痴吐きモードに切り替わったらしい。
しかし問題はハインリッヒの執務室とアルべリアの私室についてだ。
まずハインリッヒの執務室は執務室とは呼べない。
隣の私室との壁をぶち抜き1つの部屋にした後で趣味と研究と享楽に振り切っている。大量のホビー、巨大モニター、ハインリッヒの発明品とそれら専用のパーツ、寝袋、と寝る場所があるのが奇跡という部屋だ。まあ広さが通常の部屋3つ分はあるので余裕なのだろうが。
そしてアルべリアの私室は控えめに言っても独房だ。
宿屋の1人部屋サイズの木の洞をそのまま使っている。家具はシングルベッドと仕事用の小さい机に椅子が1つ。窓はカーテンが無くて鉄格子。無駄なものを一切好まないアルべリアの性格故にあの部屋が今の状態から改善される事はまず無い。
このような有様なのでむしろハインリッヒは良い提案をしているのだが。
「…あの…ハインリッヒ様の言うとおりに寝室をお使いになられては?」
「嫌だ。もったいない。あの部屋を汚すくらいならハインリッヒの執務室に入り浸る。」
日頃わがままを言わない女王陛下が珍しくむくれている。
「お言葉ですが、せっかくの寝室をお使いになられない方がもったいないですよ?陛下。」
あえて少し咎めてみる。これで文句がべろべろ出てくれればありがたいのだが。