貴族とは存外めんどくさかったりする2
「すまないな。ご足労いただき感謝する。」
アルべリアが珍しく真剣な顔で4人を見回した。今日の議題は重そうだ。
「それで女王陛下、今日は一体…」
「茶まで用意させてすまないな、シルト公。とりあえず掛けてくれ。」
「では先に並べておきますね。」
全員が席に着く前にフリードが先ほど淹れた紅茶をささっと並べる。仕事柄こういう事はよくあるのだろう。非常に手早い。
アルべリアを上座に全員が席に着くと、アルべリアから今日の議題が発せられた。
「今日はリィの結婚について相談したい。」
全員がぎょっとした。
「で、殿下のご結婚…ですか?」
トルバがおそるおそるといった感じで問うとアルべリアは頷いた。
「結婚適齢期にはかなり早い気もするが、やはり婚約者は決めてしまいたいと思ってな。」
これには全員が顔を見合わせ口を噤んだ。
迂闊な事は言えない。何せ王位継承権第1位のリィが結婚するとなると相手は未来の王配か妃という事になる。今のところ権力を悪用するような者は1人も出ていないが、権力を手にしたとたん調子に乗って馬鹿をやりだす者がいないとも限らない。こういう可能性があるためリィの婚約者選びというものは難しいのだ。
「率直な意見を聞きたい。」
「それなら…そうですね。まず候補者はどうなっているのですか?」
「いい意見だ、ランツェ卿。1番はアデルだ。」
「アデル。」
パトリオートは納得してフリードは困惑する。
「え、うちの息子ですか?それにアデルは3男ですよ?」
「長男はすでに結婚してしまっているだろう。それに結婚の有無に関係なく上2人とリィは年齢が離れすぎている。」
「ふむ…陛下。こう言っては何ですが…」
「どうしたシュヴェルト卿。」
「もしや、王位継承権を復権する気がないアデルに婚約という形で直接権利を与えてしまおう、とか思っていますか?」
「やはり貴方にはわかるか。さすがに乱暴すぎる話だな、と。自分でもわかっていたつもりだが…」
「つもりだが?」
シャルジェが先を促すとアルべリアはバツが悪そうに言った。
「アデルに王位継承権が無いのがもったいなく思えてな。有るのと無いのとではやはり違うだろう。」
「そんな就職用の資格ではないんですから。そもそもうちの息子は復権する気などないですよ。」
「やはりか…まあ、わかってはいたんだが。」
「わかっているなら言わないでください。あの子の誓いも知ってるでしょう?」
フリードの言葉に全員が『ああ』といった感じで頷く。
2人の兄達と同様に国政をこなせる高い教養を持ち、リィの教育係を務められるほど性格が良く、ラインハルトと並んで『王立騎士団最強の一角』と称されるだけの戦闘力がある。さらにリッターシルト家の者にしか扱えない魔法を使えるだけでなく、精霊の加護を得た魂持つ武器の1つである『精霊盾グレンツェントシルト』にも主として選ばれるほどの男である。
だが何よりもアデルは覚悟が違う。
アデルは王と玉座が最後の砦である事をよく知っている。故に有事の際には身を賭して国と民の全てを守ると決めている。たとえ彼を王に据えたとしても城にはこもらないだろう。黙して守られる事には決して耐えられない男だ。
ここにいる全員はアデルの近衛専属騎士就任式の宣誓を思い出していた。
『未だ若輩の身たる私が近衛専属騎士となるのは皆さんも不安な事でしょう。ですが、今ここに宣言します。私はいつ如何なる場合においてもグレンツェントシルトを賜った一人の騎士として国に尽くす。その為のただ一つの盾となると!』
これだ。だからこそアデルは王に向かない。騎士として必ず先陣に立つだろう。
アデルは決して王にはならない。
…と容易に想像できるのだが、アルべリアだけはため息を吐いて頭を悩ませていた。
「本当に惜しい…。立場的にはワンランク上げたい…いや、これは私のわがままか…。」
「陛下…そこまで買っていただけるのは嬉しいのですが、本人も困りますので。どうかお目こぼしいただきたい。」
「シルト公がそのように言うのならば…年齢的にも性格的にも能力的にも申し分ないのだが…。諦めるか。」
「そもそもアデルはすでに『殿下の近衛専属騎士』と『殿下の教育係』の二足の草鞋を履いているんですよ?これ以上うちの息子にオプションを付けないでいただきたい。」
「フリード。機械とかじゃないんだからオプションはやめなさい。それでアデルの次は誰なんです?」
「それなのだがな、シュヴェルト卿。実は…」
パトリオートが言いかけたアルべリアを遮る。
「ああ、うちのカイを同じように推薦するのはやめてくださいね?あれはアデルとは別の意味で無理です。息子の全てを知っているかと言われたら返す言葉もありませんが。」
「いや、こっちもか。」
「ええ。」
アルべリア以外は全員、また『ああ』と納得していた。
深く広い教養とどこでも通じる礼儀作法を持ち、騎士団に入れるぐらいの戦闘力があり、リッターランツェ家の者にしか扱えない魔法も使える。その上でパトリオートに『外交特務視察官』に相応しくあるよう、時には厳しく時には優しく教育されてきた。ここまでなら特に問題はない。
だが反抗期のせいなのか生来のものなのか性格に問題があった。
カイは良く言えば気さくだが悪く言えば横柄だ。悪気は無いものの少し傲慢な節も見られる。能力も性格もまったく違うがそういう所が国王ハインリッヒに似ていた。いや、ハインリッヒの方がまだマシかもしれない。カイは自分の好きなものはこれ以上なく大事にするが、興味のないものや嫌いなものは容赦なく切り捨てる悪癖を持つ。
「カイは王位継承権第2位。国政も職務も有能だ。ついでに小気味いい性格をしていると私は思うが。」
「ですが、王としては非情にすぎるかと。」
「いや、確かに容赦はないが誰にでもという訳では無いだろう?」
「いえ、息子を過大評価するのはおやめください、陛下。」
「駄目か。」
「駄目です。」
パトリオートに断言されてアルべリアは嘆息した。




