貴族とは存外めんどくさかったりする1
アルべリア・レーヌ・エスペリトゥヴェルト。
この精霊の森エスペリトゥヴェルトの現女王。…いや、正確には現国王ハインリッヒの王配たる妃だが、ともかく民にとっては女王陛下である。
彼女の下には民のために尽くす騎士達がいる。それが1個の近衛騎士団と9個の護衛騎士団で構成されている王立騎士団だ。彼らは各団によって仕事の役割が9割も違うため立場による格差はほぼ無い。同じ仕事なら差もつくが全く違う仕事で比べるなど不毛である。
だが立場ではなく身分となると少し違ってくる。
エスペリトゥヴェルト建国時代から家が没落せず存続し続けているという稀有な存在がいる。王族の縁戚が血族の大半である正統な貴族『リッター4公』である。
彼らの他にも貴族は存在しているのだが、そういう者達は『爵位を与えられた人=表彰状をもらった人』レベルの存在なので実際は庶民と同じ、単刀直入に言うなら『貴族の称号をもらっただけの一般人』である。故にこそ本物の貴族足りえる『リッター4公』は特別なのだ。
国の要たる4公の中で最も特別視される
『全てを守護する王の盾』リッターシルト公爵家。
そしてそれに次ぐ御三家。
国を統べる王達の腹心たる御三家筆頭
『将軍率いる王の槍』リッターランツェ公爵家。
国への侵略に対し迎撃または進撃する王の軍兵
『何をも屠る王の剣』リッターシュヴェルト公爵家。
王族への謀叛や民の反乱に対し処刑人となる
『断罪の為の王の斧』リッターアクスト伯爵家。
この4家を以てして『リッター4公』とされる。
ちなみにアクスト伯爵家は自分達が処刑人の一族である事を理由に爵位を落としてはいるが、貴族としての立場は公爵家と同格であり未だに4公の扱いであった。
この『リッター4公』は特別な貴族として扱われているが、だからと言って横暴な振る舞いは許されず、国のために働ける者を良しとしており、特に実力主義のアルべリアからは『リッター4公の名に相応しくあらねば爵位を剥奪する』とまで言われている。
ちなみに現当主達は『リッター』の後につく武器の名に『卿』『公』『伯』などの呼称を付けられて呼ばれている。この呼称で呼ばれるのは彼ら4公だけである。
そして今日はこの正真正銘の貴族たる4公の現当主達が集まる久方ぶりの会議だったりする。
貴族とは存外めんどくさかったりする
ここには4人の中年男性(年齢4桁)が揃っている。
一見穏やかだが空気は少し張りつめている。リッター4公の現当主である彼らは今日は会議なのだ。いくら自分達が能天気と呼ばれる種族とはいえ緊張くらいする。ましてや件の女王アルべリアは元は精霊では無く人間だったのだからそれを考えるともう大変である。
元来精霊と人間には性格の根本的な違いがある。精霊は単純で能天気で楽天的で短慮だが人間は複雑で真面目で悲観的で慎重である。ようするに適当に生きている者と真剣に生きている者くらいの差があるのだ。なので会議とか形式張ったものは苦手な者が多い。
それでも4公の誰かがたまに提案して始める『そろそろやらねば女王の愚痴吐き相談会』ならまだ楽しかっただろう。アルべリアも含めて5人で仲良く駄弁っていれば終わるのだから。だが今日はそのアルべリアから『会議を執り行う』と宣言されているのだ。女王陛下がこう言う時は存外大事な話だったりする。
「…女王陛下直々の呼び出しとなると、また何か深く悩まれているのでしょうかね…?」
口火を切ったのは第九騎士団団長トリビュナル・リッターアクスト伯爵。愛称トルバ。基本的にはアクスト伯と呼ばれる。王族としては国王ハインリッヒのはとこである。
真面目の見本ともいえるが気の弱いところがあり、周りが過激な発言をしだすと『娘がこの間…』と娘の過激な言動をついつい口に出して嘆き始める、非常に面倒くさいヒルダのお父さんである。
「まあまあ、もしかしたら深刻だけど楽しい話、という事もあるんじゃないのかね?」
次いでフォローに回ったのは第一騎士団団長シャルジュぺルセ・リッターシュヴェルト公爵。愛称シャルジェ。基本的にはシュヴェルト卿と呼ばれる。王族としてはすでに血が絶えているが公爵家としては代々続いている。そしてシャルジェ自身の高い功績によって未だに敬意を持たれ続けている。
勤勉実直だがお茶目な一面もありどこか憎めない紳士といった感じだが騎士団長の顔を見せる時には相応に厳しい。『シュヴェルト卿の厳しさに耐えられぬ者は第一騎士団に配属しない』とアルべリアが迷わず断言するほどである。
「しかし楽観的ではいけませんよ。久方ぶりの会議ですからね。」
窘めるのは外交特務指揮官パトリオート・リッターランツェ公爵。愛称パトリオート。基本的にランツェ卿と呼ばれる。王族としては国王ハインリッヒのいとこである。ちなみに頭の上がらない姉がいる。
温厚で社交的かつ鷹揚な性格だが、息子の問題ありな性格に悩んでいるカイのお父さんである。
何らかの間違いで王位継承権争いが起こった場合を危惧し、争いを避けるために自らの持っていた王位継承権を返上したのだが、王位継承権が息子に繰り下げになったので正直頭が痛い。
「まあまあ、お茶でも飲んでのんびり待ちましょう。今淹れますから。」
この状況でのんきな事を言うのは内政担当補佐官フリーデントロイ・リッターシルト公爵。愛称フリード。基本的にシルト公と呼ばれる。王族としては遠縁でしかなかったが、国王ハインリッヒのいとこであるパトリオートの姉と結婚したため縁戚としては近くなった。ちなみに恋愛結婚である。そしてパトリオートは義弟にあたる。
仕事に関しては容赦ないと誰からも認められているがのんきで穏やかな性格をしている。妻と息子にはあまり厳しくしないタイプのアデルのお父さんである。
「シルト公は少しのんきすぎでは…」
「トルバ殿、大丈夫ですか?」
「やはり少し緊張していますね。」
「あ、ああ。そろそろ来るね。」
扉を叩くノックの音。
「全員揃っているか?」
女王陛下のお出ましである。