部屋とは何をもって部屋というのか3
ヒルダの部屋
「やってきましたヒルダ姉様のお部屋です!」
「今度はきちんとしましょうね、リヒトクローネ様。」
「大丈夫ですよ!さっきはハルト兄様のお部屋とアデルのお部屋だったので礼儀を省略しましたが!」
「いや省略するな。」
「何を?」
唐突に表れた少年は訝し気な顔で一行を見回す。
ラフな水色のシャツと黒ズボン。藍色の萌え袖状態のカーディガンに緩く結ばれた黒ネクタイ。適当につっかけた紺のサンダル。短い髪を引っ詰めて一本に結んだ暗めのストロベリーブロンドとグレーがかった深翠の瞳。ややズレ落ちた銀縁眼鏡。顔立ちは甘い雰囲気だが本人の雰囲気は甘さとは程遠かった。
カイザーオルデン・リッターランツェ。愛称はカイ。15〜17歳くらいの外見だが実年齢は650歳。
エスペリトゥヴェルトの正統な貴族であるリッター4公の1公『将軍率いる王の槍』リッターランツェ公爵家の一人息子である。父親が国王ハインリッヒのいとこであるため王族の縁戚であり、さらに父親が返上した王位継承権を譲られたため王位継承権第2位を持つ。つまり戸籍上はともかく立場的には王子の1人と認められている。
ちなみにアデルの母親とカイの父親は姉弟であるため、本人はリィとははとこ同士、アデルとはいとこ同士になる。
「あ、カイ兄様!…待ってください。アデルは王位継承権を復権できる権利があるのですよね…?」
「一応はそうなりますが…どうなさいましたか?」
「あ、ああ…そゆこと?リィ。」
「そゆことです、カイ兄様。戸籍だけの王子様と実質上の王子様と認定王子様とか何ですかこれ乙女ゲームなのですか。」
どうやらいつぞやの悪役令嬢ごっこのせいで余計な知識が増えたリィである。
「異世界の恋愛ゲームだっけ?ギャルゲーっていうのもあるよな。一応両方やってみたけど、あまりハマらなかったな。で?お前らヒルダの部屋の前で何してんの?」
「お部屋を見せてもらうのです!」
「見てどうすんの。」
「聞いてくださいカイ兄様!2人がぼくのお部屋を研究室呼ばわりするのですよ!」
「あー…研究室呼ばわりは酷いかもしんないけど仕方ないだろ。部屋ん中が全部お前の髪とワンピースみたく真っ白だし。お前がローブ脱いだらどこにいるかわかんないんですけど。」
「むうー!!」
「はいはい。で?ヒルダいんの?」
「それを今から確認するところだったのですよ。」
「なるほどね。ヒルダ、入るぞ。」
「お、お待ちくださいカイ様!」
「何、アデル。」
「女性の部屋ですよ?もう少し気を配って…」
「めんどい。昔は暇さえあれば来てたんだしいいだろ別に。」
カイは持っていた仕事用のファイルでめんどくさそうにアデルを突っついて押しのけた。
「ですが、もし着替えでもしていらしたら…」
「それなら目でもつむれば?ヒルダ、入るぞ。」
「どういうご用件でしょう?」
いきなり扉が開いたと思ったらすぐ目の前にヒルダが立っていた。
「何だ、いるじゃん。」
「いましたよ。部屋の前であれだけ騒がれては流石に気づきます。」
「あ、あの!ヒルダ姉様、よろしいでしょうか!」
「リヒトクローネ様、どうかなさいましたか?」
「大変失礼いたしました。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「部屋に、ですか?」
「はい、模様替えの参考にするのです!」
「まあ、部屋の模様替えをする気になったのですね!」
「いえ、それをどうするかお部屋ツアーで決めるのですよ。」
「お部屋ツアー…なるほど、理解しました。でも少し気恥しいですね。不要に華美な物はよろしくないですから、参考にはならないかも…」
「なら適当にパッと見してから出ればよくない?」
「また貴方はそんな適当に!」
「あああああ、喧嘩しないでほしいのですー!だめなら帰りますので!!」
「いいえ、大丈夫ですよ。リヒトクローネ様なら喜んで。」
そう言って全員を入れてくれたヒルダの部屋は華やかだった。
「ほわ…」
「これは…素晴らしいですね。」
緋色のカーテンに茶色のフローリング。クリーム色に淡い燈色の繊細かつ優美な華柄が特徴の壁紙。
焦げ茶色の天蓋付きベッドにはやや暗めの緋色地に白の華やかなレースとフリルたっぷりのカーテン。淡いクリーム色の寝具にも邪魔にならない程度に白のレースとフリルがあしらわれている。枕元の茶色のチェストとその上のランプはクラシックかつ美しい造りになっていて、天井のシャンデリアはクリスタルのガラス。
洒落ていながら品位を損なわず邪魔にもならないよう計算された、飾り彫刻のついた茶色の本棚と机。机の上の豪華なクリスタルの花瓶には溢れんばかりの真紅の薔薇。机の脇には壊れないようにケースに収められたバイオリン。そのケースもシンプルな形状だが金の糸で刺繍が施されている。
白のレースで縁を彩られた濃い桃色のひざ掛けとゆったりとした柔らかそうな淡い桃色のソファ。その上には縫い途中の刺繍。客をもてなす為のソファは華やかな緋色と金色。備え付けのテーブルには清潔な大きな燈色の花の刺繍のテーブルクロス。床には栗色の柔らかそうな絨毯。
それらはどこも歪に見えないように配置されており全ての調和がとれていた。
「ご、ゴージャスすぎて逆に落ち着かないのですよ!!」
「確かに…すごいな、これは…。」
「ヒルダ様の私室はバランスが取れたコーディネートなのですね。」
「いえ、本当の私の私室はこうではありませんのよ?王宮内なので母が張り切ってしまって…。」
「でさ、聞きたいんだけど。」
「何です?カイ。」
「あの分厚いカーテン何?っていうかお前の部屋もっと小さかったよな。」
「成長したからそう感じるのでは?」
「それなら逆に狭く感じるだろ。何か広いんだって。」
するとヒルダはカーテンの下に行きカーテンをちらっと持ち上げた。
「お前、これ…断罪の斧っつってもこれは無くない?」
「不要でしたら部屋を退室していただいてもよろしくてよ?」
その言葉を合図に全員は蜘蛛の子を散らすように部屋から出た。
拷問器具の事は忘れよう。