流行っているので乗っかってみた5
「いえ、ハルト兄様。悪役令嬢ごっこです。」
何だそのごっこ遊び。通りすがりのラインハルトは顔を引きつらせた。
「悪役令嬢ごっこ?…いや…遊びでも婚約破棄とかはまずいから、やめたらどうだ…?」
「ええー!?」
「そんなぁ…盛り上がってきたのにぃ…」
忠告するラインハルトに向かって少女達は不満げな声をもらす。ラインハルトが乱入した時には黄色い歓声をあげていたのに現金なものである。リィも突然の乱入者に困った顔をしている。
一方のラインハルトは責めるかのようなヒルダの冷ややかな視線を受けてやや委縮していた。
「と、とにかく、リアルに婚約破棄したわけじゃないんだな…?」
「リアルな婚約破棄をしたかったらまず正式に婚約しないといけませんわね?私まだ婚約をした経験はないのですけれども。」
「そ、そう…だな?」
圧のある笑顔が本気で怖い。とんでもない事態が起こっていると思って軽々に乱入した事を後悔するラインハルトだった。すると真顔でラインハルトを見ていたレベッカがいきなり爆弾を落とした。
「王子とか。はいすぺいけめん?とか。ハルトにやらせりゃいーんじゃねーのか?ハルトも王子だろ?」
瞬間、少女達の目の色が変わる。
「「「すごくいい!!」」」
「でも馬鹿王子っていうようには見えないし…。」
「イケメンだし…」
「え、となると…」
速やかに済ませるにはこの流れに乗るのが一番いい。リィがにこりと笑って提案する。
「ハルト兄様がハイスぺイケメンでいいんじゃないのかな?僕よりはるかに美形だし。そうだな…他国、それも大国の若き皇帝とかどうだろうか。」
「リィ!?」
リィの突然の発言にラインハルトは仰天するがリィまでもが圧の強い笑顔をラインハルトに向けてくる。
少女達は意気揚々とラインハルトを取り巻き口々に悪役令嬢ごっこについてまくし立て出した。リィとヒルダは関わらない事にした。一方でレベッカは首をかしげている。
「もしかしてオレやべーこと言ったか?」
「いや、正しい助言だったと思うよ?」
「リヒトクローネ様には大変失礼でありますが、華やかさではラインハルト様の方が上ですからね…。」
「ええ、まったくもって。あとアデルも同じくらいに美形ではありますが、何せハルト兄様は髪の色と瞳の色が宝石のようですからね。おそらくエスペリトゥヴェルトで一番の美形でしょう。顔立ちと相まってヒルダ姉様にも負けないくらい鮮やかだと思いますよ?」
「じゃあハイスぺイケメンというものをやってもらいましょうか。ああ…残念な事ですが私たちは邪魔になるでしょうから引き上げましょうね。しらけてしまいましたし。…ところで流行り物は?」
「服とお菓子で充分ですね。もう乗りませんよ、僕は。」
「おかし!食べたい!行こうぜ!!」
3人は何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとする。
「いや、どこに行くんだ!?助けてくれ!ああもう、聞いた限りハイスぺイケメンとやらの他に王子とかヒロインとかが必要なんだろう!?俺よりお前たちが適任…」
「ハルト!」
その声にラインハルトの顔が思い切り引きつる。やばい。マジもんの王子様part2がやってきやがった。
「アデル!来るな!今すぐ戻れ!!」
「なっ…まさか王宮内だというのに敵か!?」
「違うそうじゃない!あああこっちくんなああ!!」
すると駆け出したアデルを呼び止める声。
「アデル。ちょっといいかな?」
「リヒトクローネ様!こちらにいらっしゃったのですか!?ここは危な…」
「いや、危なくはないよ?敵はいない。それで…彼女達と遊んであげてほしいんだ。」
リィはにっこりと笑って少女達に取り囲まれたラインハルトの方へ振り向く。
「ああ…では皆さんで遊んでいらっしゃったのですね?大変失礼をいたしました。」
「気にする事は無いよ。ただ僕達は用事があるから引き上げたい。あとは任せていいかな?」
「ご随意に。このアデルにお任せください。」
「頼んだよ。」
「はい。」
アデルが優雅な所作でリィの前に跪くと少女達は本格的に色めきだした。一方で何人かは逃げ出されてはたまらないというようにラインハルトを拘束している。
「やめろ!!恥じらいはないのか恥じらいは!!」
「ラインハルト様!悪役令嬢ごっこのために犠牲になってください!!」
「あほか!?国のためじゃなくてごっこ遊びのために犠牲になれるか!!」
するとすっと立ち上がりながらアデルはキツめの声で咎めてきた。
「いたいけな少女に向かって怒鳴るのはやめないか。あと何事も全力で取り組んだ方がいい。」
「何で!?何でそういう事言うの!?嘘でも俺は婚約者の横取りなんて不誠実な真似はしないからな!!」
「いいえ、ラインハルト様!横取りではなく救済です!!」
「いやそれ都合のいいように言い換えてるだけだよな!?」
「いいえ!馬鹿王子に濡れ衣で糾弾されているところを救うのですから救済です!!」
「馬鹿王子!?馬鹿って言ったか今!?」
この発言を聞き流すことはできなかったのだろう、アデルが念のためリィに確認を取ってくる。
「不敬罪ですか?それとも…」
「遊ぶための設定だよ。王子が愚かでないといけないからね。それとヒロインを助けてくれる素晴らしい美形が必要だ。」
「それは…」
「アデル。君とハルト兄様が適任だ。さっき『お任せください』と言ったよね?」
ここでリィとヒルダが無言の笑顔で圧力をかけてくる。
「承知しました。」
「アデル!?承知すんなおいコラああ!!」
この後ラインハルトの抵抗もむなしく『悪役令嬢ごっこ』は無事行われたのだった。一回きりの約束だからと全力を出したのに結局その後も追い回されたのは言うまでもない。
ちなみにこの騒ぎが3ヶ月くらいで丸く収まったのは話を聞いたアルべリアの『1度だけ本気の劇としてやれ。それ以降は王族関係者の参加を禁ずる。』の鶴の一声のおかげである。
もっとも劇のためにラインハルトはアデルと共に悪役令嬢ごっこ(ガチ)をやらされたのだった。