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第9話


 夜、洋燈(ランプ)(あか)りで紙幣を数えるユグムは、「だいぶ貯まったね。これなら、いつでも出発できそう」と、うれしそうにつぶやいた。就寝の時間に備えるリュベクは、窓ごしに周辺のようすをうかがい、「グウェンに話さないのか」と声をかけた。


 倉庫番で得た収入のほとんどは生活費として消えてしまうが、酒場での労働賃金は、すべて貯金にまわしている。それから、月日は経過した。



「そろそろ、ちゃんと打ち明けようと思う……。でも、たくさん親切にしてもらったのに、なにも恩返しができないまま旅にでるなんて()ったら、グウェンさん、がっかりするかな……」


 

 ユグムは、母の形見である紫水晶(アメジスト)の耳飾りを外すと、ベッドを軋ませて(すわ)り、壁に立てかけてある片刃剣を見つめた。主従関係とはいえ、リュベクに対する特別な感情は日増しに(つの)るばかりで、ときには、寝ているあいだに欲望の在処(ありか)を示した。ユグムの生理現象については、成人男性のリュベクも経験している身体作用につき、ふくらみ(、、、、)に気づいた時点で冷静に対処した。

 

 上衣を脱いで半裸になるリュベクの胸板を、サイドテーブルの洋燈(ランプ)があやしく浮かびあがらせる。傭兵(アムルーク)として戦場を駆け抜けてきた経緯を持ちながら、その身に傷痕はなく、ユグムをかばって失った左睛だけが際立(きわだ)った。まぶたを永久糸(えいきゅうし)で縫合してあるため、左睛は常に閉ざされた状態だ。


 奴隷(スレイブ)主人(あるじ)に服従することでしか生きられない。貧しい人々の多くは、衣食住の安定を求めて奴隷商會へ足を運び、属性ごとの(しつけ)をほどこされたあと、富裕層に買い取られていく。リュベクの場合、島から大陸へ渡った直後、地方の内乱を鎮圧する傭兵部隊に加入した。そこで武器商人の目にとまり、護衛役をひき受けて各地を移動し、やがて、ファーデン家の領土を(おとず)れる。



 ユグム、こっちへきなさい。……なぁに、父さま。この(もの)はリューベックといって、きょうから、おまえの従者になる。……じゅうしゃ? ああ、そうだよ。いつもそばにいて、おまえを危険から守ってくれる。なにか困ったときは、リューベックを頼りなさい。……はぁい。よろしくね、リューベック。ねぇねぇ、その背中の剣、ちょっと見せて! こらこら、ユグム。そんなふうに、従者の腕にしがみついてはいけないよ。リューベックは、遊び相手とはちがうんだ。わがままを云って、彼の仕事を邪魔しないように。いいね。……はぁい。



 なりゆきでファーデン家に雇われたリュベクは、しばらく平穏な日常を過ごすことになる。子守(こもり)とまではいかないが、幼いユグムを見まもりつづけた。



 

 数年後、旅立ちの準備が整ったユグムは、荷づくりをすませてから(へや)へグウェンを呼びだした。アスピダの騎士長は、扉をあけた瞬間、ユグムのことばを手ぶりで制した。


「ついに、行ってしまうのか。寂しくなるな」


 予想とちがい、なにもかも承知していたような科白(せりふ)に、ユグムは少しだけ当惑した。


「す、すみません。こんな直前まで伝えることができなくて、本当にごめんなさい……。あしたの朝、ぼくはリューベックといっしょに町をでます。今まで、お世話になりました。……いつかかならず、ヒンメルに帰ってきます。そのときは、これまでのお礼をさせてください」


 深々と頭をさげて感謝を述べるユグムに、グウェンは微笑(ほほえ)みながら近づき、その細い肩へ手をのせた。


「どうか気をつけて。きみたちの無事を祈っている。わたしは、この町で、再会のときを心待ちにしていよう」


「はい、ありがとうございます」


「ほかに必要なものがあれば、云っておくれ。わたしからの餞別だと思って、遠慮はいらないよ」


 長考するユグムに代わり、窓ぎわに立つリュベクが口をはさんだ。


大陸(ニュクス)の地図があれば、譲ってもらいたい。市場で見つけたが、古いわりに高価すぎて入手を断念している」


 リュベクの提案にユグムがうなずくと、グウェンは「最新の地図を用意しよう」といって(きびす)をかえした。


 エンドレ城で過ごす最後の夜、寝がえりを打って覚醒したユグムは身をすくめた。浅い眠りにつくリュベクは、すぐさま異変に気づき、寝間着の裾から腕をすべりこませた。股のあいだをさぐり、じかに恥部をにぎられたユグムは、「いやだ、はなして!」と叫び、何度目かの処理を拒んだ。


「痛かったか」


「ちがうけど……、こんなのは、もういやだ……。リューベックに(さわ)られると、胸が息が苦しくなるんだ……」


「悪かった。ならば、ひとりでやってみろ」


「そ、そうじゃなくて……、ぼくが云いたいのは、もっと、リューベックに……」


 従者との関係を発展させたいユグムは、顔を真っ赤にして想いを告げた。



✓つづく

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