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第7話


 キィンッ、ガキィンッと、刃を交える音が聞こえてくる。図書室の窓枠に坐って書物を読むユグムは、ときおり、騎士たちが集まる中庭を見おろし、剣術の腕を磨くようすをながめた。



「ねえ、見てリューベック。あの背の高い人、すごいよ。たしか、ナズリィさん……だったっけ……。あんなに重そうな槍を、軽々と振りまわしてる」



 やや離れた位置にいるリュベクは、ユグムのもとまで近づき、窓から身をのりだした。熱血指導に汗をかくナズリィを一瞥(いちべつ)すると、「たいしたことないな」とつぶやく。その横顔に目をとめたユグムは、従者の息づかいを意識して、にわかに当惑した。性的な事柄に感応するようになった躰は、今までどおり放置しておくわけにはいかない。しかし、教わったとおりにやってみても、なぜかうまくできなかった。ひとりではどうにもならないときは恥を捨て、リュベクの手をかりた。従者は、いっさい余分な接触をしてこないため、教育の延長として割り切っているようにみえた。


 

 ヒンメルの町にきて二年ほど経過すると、ユグムは十六歳になった。大陸では成人年齢として扱われるため、職に就くことも可能である。


「なんだ」


「……え?」


「おれの顔に、なにかついてるか」


「な、なにもついてないよ……。ただ、カッコいいなぁと思って……」


 無意識に口走ったあと、ユグムの胸はドキドキと高鳴った。このところ、リュベクへの思いが奇妙な気がする。島国生まれの男は彫りの深い顔だちで、灼熱の太陽に焼かれたような濃い肌色をしていたが、リュベクの場合は少し明るめで、混血ではないかという印象をあたえた。適度に鍛えた躰つきもよく、島国特有の紫紺の髪と()は、男の値打ちをまったく損ねない。むしろ、ユグムの心を捉えた。


 しばし見惚れてしまうと、リュベクは微かに眉をひそめ、壁ぎわへ移動した。これまでは房事(ぼうじ)を抜きにして仕えてきたが、ユグムのほうで求めがあれば、したがうつもりだった。男同士の性交渉となるが、主人の体質が受け身であることは承知しているため、抵抗はない。むしろ、主人の肉体へ通じる性行為は、従者にとって最大の褒美といえた。



「あ、あのね、リューベック。ぼく、もう働ける(とし)になったから、ダンテスさんに相談して、仕事を紹介してもらおうと思うんだ」


「好きにすればいい。……町をでるつもりなのだろう」


「うん……。ヒンメルの町にいれば安全なのはわかるけど、ぼくは、行かなくちゃ……。グウェンさんに甘えて、ずっとのんびり暮らすのは、まちがってると思う……」


「旅でもする気か」


「旅? そうだね。ぼくは、もっとたくさん勉強して、できることを増やしたい。……今は無理だとしても、いつか、父さまや母さまのお墓を建ててあげたいな。ファーデン家の領地で()くなった人たちの供養(くよう)は、ぼくにしかできないことだから……」



 書物で蓄積した情報をもとに、学びを深めるため、見聞(けんぶん)を広げる。ユグムの考えは理解におよぶ範疇だが、危険がともなうのはあきらかで、専属護衛(リュベク)の存在は必須条件である。



「どこにでも行けばいいさ。おれは、おまえのあとについていくまでだ」


「うん……。ありがとう、リューベック。きみは、これからもぼくのそばにいておくれ。頼りにしてる。よろしくね」



 ガキィンッと、槍で剣をはじく甲高い音が鳴り響いた。尻もちをつく後輩に手を差しのべるナズリィは、いい汗をかいたといって笑う。



「わあ、やっぱり、すごい! ぼくも、ナズリィさんに稽古をつけてもらいたいなぁ。あんなふうに武器を振りまわせたら、リューベックみたいに、カッコよく見えるかな?」


「やめておけ」


「どうして?」


「まずは基礎体力の底あげが先だ」


「な、なるほど。ぼく、運動不足だなって感じてたんだ……」



 ナズリィに「チビスケ」と呼ばれるほど、ユグムの身長は低めで、骨格も華奢である。生まれつきファーデン家の血筋は病気にかかりやすく、ユグムの場合はすぐに熱がでた。翌朝からエンドレ城の外周を走るといった軽い運動を始めると、激しい筋肉痛に悩まされた。


「あうぅっ、なにこれ、躰じゅう痛い……」


「ふだん使わない筋肉を動かすとそうなる。慣れるまでがまんしろ」


「そんなぁ……。あぅっ!? アイタタッ! だ、だめぇ、そこ、もっとやさしくして~っ」


 湯浴みのあと、ベッドに寝そべって全身をリュベクに指圧してもらうユグムは、体力のなさを実感して落ちこんだ。



✓つづく

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