第6話
エンドレ城の地下には、武器や甲冑、常温保存が可能な食材などを納める倉庫があった。昼間でも薄暗い空間だが、扉の内側にある燭台の蝋燭に火を点すと、ふたつの人影が浮かびあがった。
「リュベクよ、こんなところに呼びだして、すまない。きみに確認したいことがある」
「前置きはいい。さっさと訊け」
「そう急かないでくれたまえよ。わたしは今、とても悩んでいるんだ」
「あんたの相談にのるほど、おれは暇じゃない」
土壁に背中をあずけて腕を組むリュベクは、深い溜息をつくグウェンを左睛だけで見据えた。相手はアスピダの騎士長だが、戦闘能力はリュベクのほうが上である。それは、刃を交えなくてもあきらかで、グウェンのほうでも控えめな調子で会話をつづけた。
「わかっているさ。きみの任務は、主人に仕えることだからね。ならば、はっきり訊こう。リュベクよ、きみは、ユグムをどうしたいのだ?」
「べつにどうもしない」
「しかし、ユグムの体質に気づいているはずだ。……まさかとは思うが、乱暴な真似はしていないだろうね」
「あんたに口をはさまれるまでもない。あいつの要求は、可能な範囲で応えている」
「それはよかった。リュベクよ、どうかこれからも、ユグムの期待を裏切らないでやってくれ。あの子に、生きるよろこびをあたえてほしい。おそらく、きみにしかできないことだ」
誰よりも近くで成長を見まもってきたリュベクは、いつのまにか恋愛の対象に選ばれていた。実際、ヒンメルの町を旅立つとき、十八歳になっていたユグムは、リュベクと濃密な快経験を果たす。
従者を見つめる少年のまなざしに、なにか特別な感情が含まれていると悟ったグウェンは、気持ちを整理した。そして、ユグムをしあわせにする才能が己になかったことを、少しだけ残念に思った。戦上の炎をくぐり抜けて見つけだした少年の姿は、とてつもなく印象深い。そのかたわらで片膝をつくリュベクの存在も、鮮明な記憶として残っている。彼らと、忘れようがない出逢いを遂げたグウェンだったが、静かに身を引いた。
先にリュベクが倉庫を退出すると、階段の暗がりにナズリィが待ち構えていた。
「よう、戦闘奴隷」
「どけ」
「そう邪険にしてくれるなよ。おれは、おまえに興味があるんだぜ。その背中の片刃剣だって、たまには使ってやらないと、ただのお荷物にしか見えねぇしな」
アスピダの参事で槍術使いでもあるナズリィは、傭兵の強さを試したくてリュベクを挑発した。一瞬、ピリッとした空気が流れたが、服薬後のユグムを気にかけるリュベクは、ナズリィの脇をすり抜けた。
「なんだ、つまらんやつめ」
無表情で無口なリュベクは、退屈という概念をもたない。ユグムの意思にしたがうことがファーデン家との約束で、リュベクの使命だった。そのころ、解熱剤が効いて眠るユグムは、燃えさかる宮殿を前に、ふるえることしかできない夢をみた。
「うわあぁぁぁっ!」
地面に転がるおびただしい屍が、ユグムの足頸を摑み、躰を引き倒そうとした瞬間、自らの悲鳴で目が覚めた。
「ハァハァッ……、ハァハァッ……」
「うなされていたぞ」
「……リュ……ベク……」
「また怖い夢をみたのか」
「……こわい……? ……ち……がう、そうじゃない……、そうじゃないんだ……、うぅっ!」
なにもできなかった過去が恨めしい。あのとき、リュベクの右睛に重症を負わせたのは、身を隠すなり逃げるなり、適切な判断を下せなかったユグムの弱さが原因である。そのことが、いつまでも悔やまれた。
「ごめんなさい、リューベック……、ごめんなさい……!」
ベッドから抜けだして飛びつくユグムを、リュベクは正面から受けとめた。従者の腕のなかで泣き崩れる少年は、生きる理由と目的を見失いかけている。……できることから始めればいい。完全無比として生まれる人間などいない。ユグムが希むことばを躰の奥へ呑みこむリュベクは、か細い泣き声がやむまで主人の肩を抱きしめた。
✓つづく