第46話
命乞いをする罪人の首を刎ねるリュベクの表情は、人間味を感じさせないほどひややかだが、断末魔の叫びをあげる一瞬の隙をあたえず、死にぎわの苦痛を軽減するため、正確に打ち落とす。傭兵は感情をもたない兵器である。国旗に敬礼することもなければ、愛するものを失って喪服に身をつつむことはない。戦争でも世界の終わりでも、その身に流れる血潮が涸れるまで、生ける肉体は死に抗がい、闘いつづける──。
生きること、生きさせること
人生に在るやさしさと悲しさ
他者の苦悩を理解した者は
不滅の正義を目ざめさせる
応接間へ案内されたユグムは、革張りの長椅子に坐り、持参した書類と紙幣の束を机のうえに置いた。わけしり顔のシャダ王があらわれると、ユグムは無垢な盗人のように、ラーギルの買収を名乗りでた。
「構わん。ほしければ持っていけ。ただし、書類手続きの例外は認めない。リュベクには、わが詰問すべてに答えてもらうぞ」
「ラーギルの特徴について、ですね」とユグムが挑むような表情を向けると、シャダ王は「クククッ」と静かに笑った。ユグムが身につけている長衣は高価な絹糸で、水鳥の羽の刺繍が施されている。シャダ王による贈物で、ユグムの躰にぴったりと合っていた。着丈が手足の長さと一致しているだけでなく、自然と高貴な雰囲気をまとっている恰好に、本人が無頓着であるようすが滑稽だった。
「リュベク、お願い」
ユグムのうしろにたたずむ従者は、主人のとなりへ移動して腰をおろすと、シャダ王を正面から見据えた。ラーギルを拐って凌辱した直後のヒュドルは、島国出身の戦闘奴隷に寝取られるとは、少し予想外に感じた。とはいえ、ユグムが用意した金銭に不足はない。あとは、情人として関係をもったリュベクに、真意を訊ねるだけだ。
「まずは感想を聞こうか」
「とくになにも」
「あの性奴隷の孔は名器だぞ。よもや不感症ではあるまいに、手応えを表現できぬとあらば、情人としての条件に問題ありと見なすがよいか」
「外からの働きかけによる興奮や快楽は、脳の化学物質がつくりだす要素にすぎない。おれがラーギルを抱いて味わう感性など、いちどきりの関係では解き明かしようがない」
「戦闘奴隷よ、おれをしらけさせるな」
「胸廓を撫でるとき、鎖骨と脇腹にある烙印は目障りだった。性の搾取は営為などではない」
まともな話では通用しないため、リュベクはラーギルの身体的特徴を述べた。ユグムの表情に変化は見られないが、主人の前で性奴隷と肌を合わせた事実を語るリュベクは、わずかながら罪の意識に捉われた。必要な手順だったとはいえ、ラーギルが受け身の性奴隷であることを承知して、立場を利用した。女の性奴隷は卵管を縛るという避妊手術を施されており、妊娠のおそれは少ないが、万が一、ラーギルが女であった場合、選択肢は絞られてくる。
シャダ王は黙りこみ、リュベクをにらみつけた。性奴隷の心を守ることなど、不可能である。とうに、シャダ王が奪いとっているからだ。
✓つづく




