第44話
精鋭部隊の傭兵によって連れ去られたラーギルは、シャダ王の屋敷で凌辱された。その後、レオハルトの手で躰を洗浄され、三つ目の烙印を押すため、処置室の台坐へ全裸で拘束された。手足は鎖で固定され、身動きできないが、意識ははっきりとして、しゃべることは可能だった。カチャッと、炎で熱した金具を手に取るシャダ王は、ラーギルを冷めた目で見おろし、片方の手で太腿を摑んだ。
「……シャダ王」
「ラーギルよ、きさまの孔は名器であった。性奴隷としての役目はきょうで終わりだが、触民の血が流れる身に変わりはない。あらゆる場面で、きさまは差別されるだろう」
「……ハッ、そんな説教なんて聞きたくねぇよ。烙印を押すならやれ。おれは、ユグム・アレッツォに購われたんだろ? こんな町、さっさと出ていってやる」
「ふっ、威勢がいいな。ひとつ教えてやろう。あの小者は、上級貴族ファーデン家の嫡子だ」
「……ファーデン?」
「小者の正体は、冬の太陽王の末裔というわけだ。きさまとは雲泥の差がある身分だな。領民もろとも家族を亡ぼされたとはいえ、嫡子が生存しているかぎり、再建も夢ではないだろう」
「いったい、なんの話だよ。ユグムが、誰の末裔だって……?」
「南緯の情報をレオハルトにさぐらせたのだ。ファーデン家の血筋は、まだ絶えていなかった。ゆえに、きさまの命運に苦難はつづく。……さて、餞別は以上だ。心の準備はいいか。烙印はここに押すとしよう」
きわどい部位を指でなでるシャダ王は、冷ややかな笑みを浮かべると、思考が迷走するラーギルにかまわず、烙印の金具を押しつけた。ジュウッと、皮膚が焼けるにおいと、かつてない激痛にラーギルは絶叫した。
「うあぁぁぁーっ!!」
「この痛みを忘れるな。おれは、きさまに恩寵を施してやったのだ。何人たりとも、この権利を冒すことはできまい」
シャダ王がなにを云っても、痛みに耐えるラーギルの耳には届かない。予想外の部位に烙印を押されて悶絶するラーギルは、頭の芯がグラつき、「かはっ!」と嘔吐した。すぐさまレオハルトが呼ばれ、烙印が化膿しないよう手当てした。
「な、なんてところに焼きつけたのだ……。下手をすれば、ラーギルが絶命するおそれもあったのでは……」
呼吸が浅く、消毒して繃帯を巻くレオハルトの手つきに呻き声をもらすラーギルは、生殖機能に重大な後遺症が残ると思われた。リュベクいわく、日常的に欲情する体質は制御されたことになるが、あまりにも非道な方法で、性奴隷の特徴を剥ぎ取られたラーギルは、意識が朦朧となり、手足に力がはいらなかった。
「……くそが……」
「しゃべらないほうがいい。あなたは、もはや、何者でもない。主人のもとで新しい名前をもらい、これまでのことを考えず、忠義をつくすのだ」
「……レオ……。あんたには、世話に……なったな……」
「それがおれの仕事だ」
「……ハッ、そうかよ」
「酒場のハインリヒから伝言がある。達者でな、そう云っていた」
「……ははっ、おっさんの珍宝、もう、咥えてやれねぇな……」
ラーギルは胸にこみあげる熱いものを感じたが、その理由を考えないようにして、まぶたを閉じた。淫らな性奴隷であっても、誰にも愛されなかったわけではない。ハインリヒによる情愛は、まちがいなく、ラーギルの人生に影響をあたえた。リュベクの存在も大きいが、なにより、主人となるユグムの正体を知った今、ラーギルには気持ちの整理が必要だ。自然と頬に涙がつたった。憎しみや悲しみといった感情など、ラーギルに憶えはない。だが、なにもかも奪われる虚しさは、身をもって承知している。
「空虚からは、なにも生まれない……。おれは、空虚の名前を捨ててやる……。きょうから、おれは……、あいつらと生きていく……!」
✓つづく




