第42話
レオハルトの報告により、ユグムがラーギルを買収しようと動きまっている現状を承知したヒュドルは、ベッドのうえであえがせていた女の性奴隷の脇腹を蹴りつけて床へ落とすと、「今すぐ、ラーギルを拐ってこい」と命令した。
「現在、ラーギルは、ユグム・アレッツォと従者のリューベックと共に宿屋にいますが、じきに、こちらの屋敷へ商談にやってくるでしょう」
レオハルトは、足もとで咳きこむ女には目もくれず、寝間着をはおってたばこに火を点けるシャダ王を見据えた。
「三つ目の烙印を押す性奴隷があらわれたのは、何十年ぶりだったか。そんなにほしけりゃ、性奴隷のひとりくらい呉れてやる。……そこの女は用済みだ。金を渡して追いだせ。ラーギルは寝室に連れてこい」
「かしこまりました」
「念のため、複数人で向かわせろ。あいつといっしょにいる隻眼の男は、大剣をもつ戦闘奴隷だ。返討にされるんじゃねぇぞ」
「では、傭兵の精鋭部隊を出動させよう。シャダ王による剣術指南を受けた者たちだ。さすがに、戦闘奴隷ごときが敵うはずもない」
ヒュドルの屋敷には傭兵が常駐しており、いつでも動ける状態で待機していた。
「戦闘奴隷は殺してもいいが、ラーギルは無傷で捕らえてこいよ。小者については放っておけ」
「あの従者は生け捕りにして、服従させてはどうだろうか。色々と使えそうだが……」
「やつは、飼いならせる部類の人間ではない。主人にしたがっているように見えて、その身に秘める意志が強すぎる。目的のためならば手段を選ばない男だ」
「まるで、あなたのように?」
「なめるなよ。すべてにおいて、おれのほうが格上だ。早く行け。久しぶりにラーギルを抱きつぶす。手放すのはそれからだ」
シャダ王が不穏な動きをするころ、ユグムたちは市場で買いものをしていた。
「ねえ、これなんかどう。ギルに似合うと思う」
「臍だしは飽きたな。どうせなら、こっちのほうが色っぽいぜ」
着用時の動きやすさだけでなく、狙ったかのように素肌が見える切れ込みのはいった長衣を手にとるラーギルは、「どうだ、リュベク」といって、主人の従者へ感想を求めた。新しい衣服選びを無表情で傍観していたリュベクは、脇や袖口、太腿まで切れ込みのある長衣を一瞥し、「無駄にひらひらしているな」と、率直な意見を述べた。
「これを着て前かがみになると、横からいろんな部位が丸見えになるな。チラリズムってやつか」
「知らないことばだ」
「あんたは立派な珍宝を隠し持ってやがるからなぁ、リューベック」
「おまえのように、必要悪に見せびらかす趣味はない」
「ハッ! 云ってくれるじゃん」
「ふたりとも、喧嘩しないでよ」
「べつに喧嘩してるわけじゃねーよ」とユグムに云い返すラーギルに向かって、「それ以下だ」とリュベクが吐き捨てる。実のところ、喧嘩するほど仲がよい例なのかもしれない。ユグムは「む~っ」と眉を寄せたが、「で? おれはどれを着ればいいんだ」とラーギルに催促され、「リュベクが選んであげて」と、難題を押しつけた。
「おれがか」
「うん。ギルのために見つけてきて」
リュベクは不服そうな顔をしたが、天幕のなかへはいってゆく。そのすきを狙っていたかのように、レオハルトの指示によりラーギルを拐いにきた傭兵が、ユグムと性奴隷の背後へ接近した。気配にふり向いたラーギルは、ガバッと頭から布をかぶせられ、反撃できずに手足を縛られた。
「な、なんだ、おまえたち!」
いきなりあらわれた傭兵におどろくユグムは、ラーギルをかばおうとして腕をのばしたが、露台の陰から飛びかかってきた三人目の傭兵に邪魔をされ、後ずさった。
「ギルを放せ!」
絹糸の長衣の裾をまくり、護身用の小刀を構えると「リュベク!」と従者の名前を叫ぶ。異変に気づいたリュベクは、すぐさま天幕の外へでてきたが、ラーギルは連れ去られてしまった。
「なにが起きた」
「わ、わからないけど、早く追いかけないと、あいつらを見失っちゃう!」
「落ちつけ。おまえに怪我はないな」
「ぼくなら平気。早く、ギルを……」
ざわつく周囲の人影にかまわず、リュベクはユグムが指さす方向にはヒュドルの屋敷が立つことに眉をひそめた。
「ギルを助けなきゃ!」あせるユグムに、「だいじょうぶだ。あいつは殺されやしない」と冷静に対処した。
「なんで、そんなことがわかるの?」
「やつの狙いどおりならば、シャダ王の屋敷でギルは取りもどせるだろう」
✓つづく




