第33話
リュベクに促されて窓辺に立つユグムは、汐風になびく黄金色の髪をした人物を指さした。
「あの人がシャダ王の右腕?」
「そうだ。やつがレオハルトだ。今おまえが着ている長衣を室まで届けにきた男だ」
「……ぼくとリュベクの関係を、シャダ王に報告した人だね」
「おそらく」
前の宿屋で、リュベクと性交渉するユグムのあえぎ声に聞耳を立てていたレオハルトは、扉ごしとはいえ、ふたりの関係が親密であることをヒュドルに伝えている。
男が男に惹かれるという概念は特別なものではなく、普遍的な性質として受けいれやすい世上において、ユグムとリュベクの関係は不自然ではない。しかし、上級貴族が戦闘奴隷に肌をゆるすとなると、いくらか個人差が発生する事例だった。奴隷制度といった住み分けがあるかぎり、低位のものが上位を組み敷くことは、パワーバランスを損ねるおそれがあるからだ。
「おまえは、おれのなにが、そんなによかったんだ」
「リュベク、今なんて?」
「否、忘れてくれ。レオハルトの行き先が気になるならば追跡するか」
話題を変えて失言をはぐらかすリュベクは、ユグムに好かれた理由が不明だった。主人に愛情を求められた夜、リュベクは返事をする代わりに性交渉へと発展したが、従者である以上、期待に応えるのは当然の義務であり、それが任務だと思ったからだ。また、ユグムのほうで従順な反応を示され、とくに問題なく遂行された。華奢なユグムと初めて肉体をつなげたリュベクは、白い肌や細い腰を見ても、あまり興奮は煽られなかったが、恥じらいながら悦がるユグムの表情には、ちょっとした優越感を捉えた。ほかの誰も、これほど熱いまなざしでリュベクを見つめない。
はっきり云って、リュベクはユグムを愛しているのかどうか、深く考えないようにしていた。感情にほだされては、いざというとき判断が鈍るためだ。求めがあれば応じるが、こちらから手をだすことは(なるべく)控えた。不覚にも、グウェンやシャダ王の件に言及したリュベクは、従者として立場をわきまえる必要があった。ユグムの本命であることが、リュベクの特権であり、疑う余地はない。
「レオハルトさんを追ってどうするの」
「それはおまえしだいだ」
「ぼくの?」
「ああ。やつの向かう先には、かならずヒュドル・シャダ・オウレンセがいる」
「シャダ王が……」
夜道で襲われたとき、ヒュドルの気迫に身がすくんでしまったユグムは、リュベクの機転がなければ、凌辱されていた可能性が高い。世間ではシャダ王と呼ばれる彼は、ギタールの町で奴隷貿易を仕切る夜の覇者である。
「ぼく、シャダ王ってもっと惨酷な人かと思ってた。奴隷商なんて、ろくなものじゃないし……。地下施設で働く性奴隷は、シャダ王のこと、どんなふうに思っているのだろう」
「それを訊くために、今夜も酒場へ行くんだろ」
「そ、そうだよね。ラーギルさん、ぼくの質問に答えてくれるかな。……う〜ん、ちょっと緊張してきた」
ベッドにもどり、ごろんと横たわるユグムは、まぶたを閉じて少し息んだ。高台に建つヨンソン城は、一部の区画を一般開放しており、ギタールの観光名所となっている。あとでリュベクと見学する予定のユグムは、そのときを愉しみにした。各地をめぐる目的はさまざまで、異なる文化や風習にふれる機会に恵まれたユグムは、前向きな姿勢で旅をつづけてゆくことになる。
「……リューベック……愛してる」
突然の告白は、寝言だった。安定した呼吸を椅子に坐って見まもるリュベクは、主人が目覚める前に片刃剣の手入れをすませた。
✓つづく




