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第3話


 高い空に、太陽はぼんやりとしか見えない。ユグムの(ひとみ)には灰色の世界が拡がっていた──。



「きみ、どこも怪我はないか」


「……は、はい。あの、リューベックは、どこに……」


「彼なら、あとから追いつくそうだ。わたしは、グウェン・アレッツォという。きみは、ファーデン家のひとり息子、ユグムだね。我々の先代は交流があり、きみのことは名前だけ知っていた。……救出が遅くなってすまない」


「……そんなこと、ありません。助けてくれて、ありがとうございます……」



 ヒンメルの町にあるエンドレ城にたどりついたグウェンは、馬からおりて鉄兜を脱いだ。涅色(くりいろ)の髪と()をした青年はユグムの肩へ手のひらを添え、無事でよかったと表情を(やわ)らげる。衛兵に馬の手綱(たずな)を引き渡して騎士の間へ案内すると、そこで重装備を脱いで身軽になった。思っていたより細身の青年だが、ほどよい筋肉と適度な上背(うわぜい)の持ち主だ。


「ちょっと失礼するよ」


 ユグムを長椅子(ソファ)(すわ)らせたグウェンは、黒布の結び目を(ほど)いた。湯浴(ゆあみ)みの最中(さいちゅう)だった少年は、裸身(はだか)のままの状態である。「まずは着るものを用意しなくては」そういって外傷の有無をたしかめて黒布を結びなおすと、しばらく姿を消した。ぐったりとして長椅子に横たわるユグムは、リューベックがそばにいない状況を心細く感じた。まぶたを閉じて過ごすうち、憔悴しきって寝込んでしまった。



 なにも起こらない日常を平和だと信じていた少年は、侵略の標的にされたことで、自責の念にかられた。いっぽう、あらゆる危険を覚悟して燃えさかる宮殿からファーデン家の遺品を(わずかながら)持ち帰ったリュベクは、涙を流して眠る少年を見おろし、故人の生前をしのんで(いた)み、黙礼した。その後、グウェンの口利きにより軍医の手術を受けた。リュベクの左睛(ひだりめ)は神経を創傷しており、視力の回復は絶望的だった。


 激痛に耐えて隻眼(せきがん)の男となったリュベクは、傷痕(きずあと)を木綿の布で隠した。



「……あぁ、リューベック、ごめんなさい。ぼくのせいで……きみの睛が……」


「おまえのせいではない」



 朝、ベッドのうえで目が覚めたユグムは見慣れない服を着ていた。グウェンから受けとったヒンメルの民族衣装をリュベクが着せたもので、素肌にさらっとした絹糸(シルク)の織物である。ゆっくりと起きあがるユグムに、リュベクは紫水晶(アメジスト)の耳飾りを差しだした。


「これ、母さまのイヤリング……」


「ファーデン家に伝わる霊性の強い石だ。形見として、おまえが持つべきだろう」


「まさか、これを取りにもどったの?」


「ああ」


「ば、ばか! あんな火のなかで、こんな小さなものを探しだすなんて……、もし、リューベックまで失ったら、ぼくは……!」


「だが、失わなかった。おれは、こうしておまえの前にいる」


 傭兵(アムルーク)で戦闘奴隷の従者は笑わない。どんなときも無表情でユグムを見つめるが、落ちついた低い声音は、耳に心地よかった。遺品を受けとったユグムは、涙がこぼれそうになった。生活に苦労した過去を持たないため、誰かの助けが必要な少年は、これからヒンメルの町で数年ほど暮らすことになる。そして、グウェンの勇姿に感化され、己の信念を見いだしてゆく。悔恨に悩まされる日々が終わりを告げるまで、少年は従者と荒野をさ迷いつづける。



「ユグムさま、おはようございます」



 グウェンによって騎士の間の一室を開放してもらい、リュベクとアスピダの拠点に身を寄せることになったユグムは、ダンテスという騎士団員と会話をする機会が増えた。ダンテス・リェイダは馬の世話などをして働く青年で、人柄もよく、生まれつきの二重まぶたもくっきりしている。


「ダンテスさん、おはようございます」


「きょうも図書室ですか?」


「はい、今から行くところです。ここには、ぼくの知らない書物がたくさんあって、すごく勉強になります」


「ユグムさま、何度も申しあげますが、じぶんに敬語は必要ありません。あなたは、由緒正しき貴族の末裔なのです。その身に流れる一族の血を、誇りにしてください」


「……気をつけます(あ!)。わ、わかった。気をつける」


 廊下をすれちがう騎士の多くは、特別な権力を有さない常人につき、ヒンメルの町においてユグムの立場は上位の扱いを受ける。たとえ領地を(ほろ)ぼされた孤児だとしても、礼節は重んじられた。このとき、ユグムは十四歳になったばかりだった。



✓つづく



※物語における重要人物のひとり「シャダ王」がでてくると、少しだけ作品の雰囲気が変わります。残酷描写ありにつき、苦手な方はご注意ください。



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