第28話
ヒュドルの屋敷で地下施設の運営などに従事するレオハルトは、頼まれた長衣をユグムヘ届けたことを報告した。
「すまない、シャダ王。本人ではなく、従者へ手渡すかたちとなった」
レオハルトが宿屋を訪ねたとき、ユグムは眠っていた。扉を数センチあけて対応したのは、リュベクである。室へ向かってくる廊下の足音で相手はひとりだと察したが、主人が寝ている室の扉を全開にするほど、リュベクは無能ではなかった。「これを連れに」といって絹糸の衣服を差しだすレオハルトは、リュベクと睛の高さが変わらない背丈の男である。
「隻眼か」と、息を吐くついでのようにつぶやき、ユグムの姿を確認しようと室内へ視線を向けるレオハルトを先まわりして、リュベクは扉をしめた。ひとことも声を発しない姿勢は、来訪者を最大限に警戒している証拠だ。レオハルトは、廊下の途中で唇の端を歪ませた。
「あの従者、只者ではないな。おれの顔を正面から見据えてきたが、あまりにも無表情で、なにを考えているのか、さっぱりわからなかった」
シャダ王とレオハルトは、屋敷の広間で立ち話におよぶ。豪勢な飾り枠のある窓から、灯光に照らされて見える海は、さざ波を寄せては返し、防波堤を打ちつける波は、ザパーンッと飛び散っていく。傾斜地に建つシャダ王の屋敷は、中庭に円形の禽舎があり、夜行性の水鳥が池で泳ぐ姿が見えた。
「隻眼の男なら、名をリューベックという。リカルド島の傭兵で、ユグム・アレッツォと共に旅をする戦闘奴隷だ」
いつのまに調べたのか、シャダ王はリュベクの出自を口にして、レオハルトをおどろかせた。
「島国の傭兵ごときが、エンドレ城ゆかりのアレッツォ家の人間に手をだすとは、只事ではないぞ」
「小者のほうは、どうもにおう。おそらく、身分を偽っているな。レオよ、ユグムとやらの素性を検めておけ」
「承知した」
リュベクの腕に抱かれて悦がるユグムのあえぎ声は、扉の向こうで聞耳を立てるレオハルトに筒抜けだった。主人との性行為に集中するリュベクは、ほんの少し油断していたが、ユグムを満足させるため、熱い肌を合わせた。扉ごしでは、ふたりの関係を見抜けなかったレオハルトだが、シャダ王は酒がはいった状態であっても、ユグムとリュベクの立場を勘ぐった。
シャダ王と顔見知りの亭主が営業する酒場で、情報収集を目論むユグムたちは、ある種、彼らの縄張りの中心にいた。危険な状態であったが、いまのところ、衝突は起きていない。リュベクのすきのない動作が、ユグムの身を守っている。そうとは気づかない主人は、亭主が差しだした皿を笑顔で受けとり、パンにジャムをぬってほおばった。
「これ、すごくおいしい。リュベクもどう?」
「おれはいい。ひとりで堪能しろ」
「せっかくだから、ひと口くらい味見しなよ。ほら、アーンして」
パンをちぎってリュベクの口もとへ運ぶユグムを見た亭主は、いきなり「がーっはっはっ」と、豪快に吹いた。
✓つづく




