表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/50

第27話


 界隈(かいわい)から目立たない路地裏に、地下への入口がある。紫色がかった門灯が目印だ。港町に暮らす者たちは売春宿の存在を認識していたが、無縁をよそおう程度の分別や、気づきもせずに通りすぎた。富裕層が集う特殊な空間に呼び鈴はなく、利用客は自ら扉をあけてはいってゆく。


 老舗(しにせ)宿の軒下へ身を低め、こっそり入口のようすをうかがうユグムの背後で、躰を(はす)にして立つリュベクがつぶやいた。


「まるで公然の秘密基地だな」


「思ったより、お客さんこないね。それとも、もう定員なのかな?」


「はいるには少々面倒な手続きが要されるから、時間差でくるのだろう」


「手続きって?」


 肩ごしにリュベクを見あげると、暗がりでほとんど顔は確認できなかった。ギタールの町へ滞在するユグムは、偏見を持ちたくないといった理由から、性奴隷(バハール)について聞き流すことはできなかった。粗野な俗語も、諸学の対象である。


「書類審査とかある感じ?」


「そうではなく、身体検査のほうだ。刃物類は持ち込み禁止だからな」


「よく、わからないんだけど……」


「ヒュドル・シャダ・オウレンセは、残忍酷薄な男ではない、ということだ」

 

 この手の話題に(うと)い主人に、従者は小さく肩をすぼめた。性奴隷とはいえ、商売道具である以上、むやみにキズモノにされては困る。利用客は窓口で順番を待ち、ひとりずつ身体検査を受けてから性奴隷と(たわむ)れることができる。つまり、シャダ王が管理する地下施設へ身をおく性奴隷たちは、無差別的な脅威から多少なりとも守られた。


 商用で訪れていた異邦人が、船旅気分で簡易宿へ乗りこんでいく。じぶんが最初に身ぐるみをはがされるとは予想していない、軽やかな足取りだ。酒場が近いため、酔っているのかもしれない。


「そういえば、シャダ王はお酒を飲んでいたけれど、酒場の亭主は、どんな人だろう……」


 奴隷商が贔屓にする酒場など、近寄らないほうがいい。だが、ユグムは首をのばし、周辺の建物へ視線を向けた。


「……行ってみるか」


「二十歳未満でもはいれる?」


「ああ。酒場は軽食も提供しているからな。飲食代と情報料はべつだが、たいてい、有力な話しを聞ける場所だ」


「じゃあ、行こう。……ぼく、お酒って飲んだことないや。リュベクは、どれくらい飲めるの?」


「おれは左党だ。島国の男ってのは、酒に強くできているらしい」


 アルコールの分解能力は、遺伝的要素や健康状態などにより、個人差がある。大衆食堂では適量範囲での飲酒が基本だが、酒場となると、泥酔して騒ぎを起こす者もいた。ちなみに、左党とは酒豪の意である。島国は祭事で酒坏(さかづき)をあおることが多く、リュベクは、生まれつき酒に強い両親の特徴を引き継いでいた。ついでに、ユグムは下戸(げこ)である。


「おまえ、酒を飲む気じゃないよな」


「え? だめかな」


「自粛しろ。酔いつぶれたとき、介抱(かいほう)するのはおれだ」


 なんとなく酒に弱い印象があるため、リュベクが牽制すると、ユグムは「むむっ」といって唇を(とが)らせた。物陰から離れたふたりは、営業中の酒場へ向かった。建物は開放的な造りで、出入口と窓から海風が通りぬけてゆく。吹き抜けの階段をのぼった二階は満席で、遅い時刻にもかかわらず、にぎわっていた。


 骨太な男衆にじろじろとにらまれるユグムは、雰囲気に呑まれそうになり、リュベクの左腕にしがみついた。カウンターでグラスを磨く髭面の亭主は、ふたりが入店した直後から目で追い、「いらっしゃい」と、野太い声で空席をすすめた。


「ほう、近くで見ると、なかなかいい男だな。隻眼とはめずらしい。あんた、戦闘奴隷(ストレンジャー)かい」


「おれは傭兵(アムルーク)だ。にごり酒を一杯もらおう」


「はいよ。そっちのかわいい連れ(、、、、、、)は、なににする?」


「こいつは腹が減っている。食事はできるか」


「ちょうど、新作のパンができあがったところだ。濃いお茶と、甘いジャムをつけてやるよ」


「一皿でいい、頼む」


「まいどあり」


 亭主とカウンター越しに会話するリュベクは、ユグムを壁ぎわの椅子へ坐らせると、店内のようすを注視した。



✓つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ