第21話
地下売春宿について、ユグムはなにも知らなかった。リュベクの判断にしたがって宿屋へもどったが、窓から船着場のようす見えるため、ガラス越しに蒸気船をながめた。一列にならんでおりてくる人影は、ほとんど全裸に近い状態だ。誰もが股間にだけ麻布を巻いていたが、よろめいた拍子に脱げてしまい、そのままの状態で歩かされている。
「……ひどい、みんな痩せてる人ばかりじゃないか。罪人でもないのに、両手をうしろで縛られてるみたい。……ねえ、あの人たちは、どこへ連れていかれるの?」
木製の椅子に腰かけて指を膝のうえで組むリュベクは、「それを知ってどうする」と、やや突き放すようなことばを返した。従者が主人にきく科白ではない。だが、蒸気船を観察するユグムの関心は強く、「知っていることがあれば、ぼくにも教えてほしいんだ」といって、リュベクの顔を見据えた。
幼さが残る顔だちのユグムは少年のような見た目だが、快経験を通じて己の欲望と折りあいをつける必要がある体質の持ち主で、それを承知してぬくもりを享受する従者の存在は不可欠だ。ギタールの町にきて、リュベクの腕に抱かれたばかりであっても、特異なぬくもりを憶えた躰は、しだいに熱を帯びやすくなってゆく。
「あれ? なんか、おなかが……」
「どうした」
「……う、ううん、なんでもない(気のせいかな)。あっ、誰がきた! リュベク、こっちにきていっしょに見てよ。あの人が奴隷商?」
窓の鍵をあけて身をのりだすユグムに、リュベクは「気をつけろよ」といって腰をあげた。現在地は宿屋の三階につき、沖あいに浮かぶ漁船なども見渡せた。桟橋を注視するユグムは、上半身を外へかたむけているため、背後から腹部に腕をまわしてリュベクが体重を支える。衣服のうえからとはいえ、従者の下半身が臀部に密着する状態となったユグムは、ドキドキと乱れる心拍数をよそに、行列の先頭に立つ男を指さした。
「リュベク、あの人は誰」
「あれはシャダ王だ」
「王? 王様が奴隷商なの?」
「やつは常民だ。生業の都合上、正体を偽っている可能性もあるが、公表している身分によれば、王候の出自ではなかったはずだ」
「常民って、一般庶民のことだよね。それなのに、シャダ王って呼ぶのはなぜ?」
「やつの名前は、ヒュドル・シャダ・オウレンセという。一族の姓を中間名に付随させ、威厳を示しているのだろう」
「……奴隷商のシャダ王」
ギタールへ移送された最下層出身者を奴隷として買い取るヒュドルは、幾人かの部下を引き連れて波止場に姿をあらわした。釦のならぶ上衣を開襟にしているため、筋肉質な胸板に目がとまる。長身で肩幅もあり、四十代前半といった壮年の男だ。ユグムの位置からでは確認できないが、もみあげから顎にかけて、うっすらと髭を生やしていた(あまりにも濃い口髭は不衛生だとレオハルトに指摘されたことがあり、仕方なく毎日手入れをしている)。
人身売買が白昼堂々と執り行われる状況は、高台にあるヨンソン城から丸見えだが、衛兵が駆けつけるようすはない。港町の一部はヒュドルが仕切る領地につき、王族の人間さえ、口をはさむことは不可能に近い。桟橋に群がる買付人は、にぎやかな市場を横目に物騒な取り引きを始めた。性奴隷として調教が必要な触民は、いったんヒュドルの屋敷であずかるのが基本だが、下働きなどの雑用を目的とした買い取りは、その場で交渉が成立する。
一枚の契約書が何百枚もの札束に換わってゆく異様な光景に、気分が悪くなったユグムは、無意識に顔をしかめた。
✓つづく