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第19話


 ザーン、という波の音が聞こえる。規則性のある波形はユグムの耳に心地よく響き、リュベクと愛し合ったベッドのうえで微睡(まどろ)んだ。躰の汗は丁寧に拭きとられている。日ごろ、リュベクは適度な距離を保つため、もっと肌にふれてほしいと思うユグムは、恥じらいつつも肉体を開放し、熱いぬくもりを体内へ受けいれることで最上のしあわせを実感できた。


 主人の期待を裏切らないリュベクは、充分すぎるほど濃密な時間を過ごしたが、それだけでは終われない独占欲に支配されてゆく。ユグムの躰に手をだすものは排除の対象となり、享楽に淫れる姿を知るものは、従者ひとりだけでいい。生殖行為として子孫を残すことはできないが、性機能が働くかぎり、いくらでも交接は可能だ。そんな浅ましい考えにおよぶ立場が、悩ましくもあった。


 リュベクが島国出身の戦闘奴隷(ストレンジャー)ではなく、大陸の人間として生まれ、上級階層の血筋であれば、ユグムにとって唯一無二の誇らしい存在になれただろう。生まれながらにして身分が確定する制度は、多様化の面で個人の利益や評価基準を損ねていたが、差別廃止を(かか)げて力を注ぐものは、圧政者によって極刑に処された。



「……房事も従者の役割とは、正直、驚嘆したが、おれにできることは、なんでもやってやる。おまえの魂は二度と翳りやしない」



 先に身なりを整えてユグムの寝息を見まもるリュベクの左睛(ひだりめ)は、無垢なる光を見うなうことはない。理想と現実は、時代(とき)が仕上げる。大きな帆で風を分かち、巨船が(みお)を曳く。ザーン、という波の音が聞こえる。ギタールへ到着したユグムとリュベクは、初日は宿屋で休息し、翌朝から町を見てまわった。



「わあ、見て見て、リュベク。あれはなに? こっちは!?」



 釣れたばかりの魚や貝類がならび、新鮮な食材を求めてにぎわう市場(マーケット)を見物するユグムは、リュベクの腕を引きながら歩いた。はしゃぎすぎている気もするが、まぶしい笑顔で話しかけてくるため、従者は内心ホッとした。山越え直後に身悶えさせた以上、体調を気にかけたが、今のところ具合はよさそうだ。


「リュベク、リュベク、次は向こうに行こうよ。ほらほら、あっち!」


「前を見て歩け。ぶつかるぞ」


 ユグムの気がすむまで見物につきあうリュベクは、船着場へ(いかり)をおろした蒸気船の(けむり)に目をとめると、急いで引きあげる判断を(くだ)した。


「なんで? まだ明るいのにもう帰るの」


「港のほうを見ろ。あれは貧民層の人間を運ぶ蒸気船だ。じきに奴隷商(トレイド)があらわれる」


「奴隷商……」


「おまえは(かか)わらないほうがいい。宿屋へもどるぞ」


 蒸気船の入港を機に、市場をあとにする人影も多い。まだ昼間だというのに、桟橋に(むら)がる金持ちの買付人(アッシャー)は、今か今かと鼻息を荒くして身をのりだしている。


「リュベクも、あの蒸気船にのってきたの?」


「おれは奴隷(スレイブ)ではなく、戦闘奴隷(ストレンジャー)だ。傭兵(アムルーク)は、小型の巡視船で運ばれる。客船や商船にのることはできない」


「そうなんだ……(ぼくの知らない世界の話だ……)」


 業種によってさまざまな専門用語を使いわけたり、細かな知識が必要になってくるが、奴隷商(トレイド)について詳しく説明できる人間は少なかった。いわゆる、闇市や裏社会といった部類の商売につき、一般人は関与せずに過ごしたほうが無難である。


 ギタールの港町には、にぎやかな市場の裏側で跋扈(ばっこ)する組織がある。ヒュドル・シャダ・オウレンセという男が、奴隷交易を仕切っていた。



✓つづく

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