第15話
どういうわけか山小屋にとどまるリュベクは、三日目にしてその算段を打ち明けた。
「山賊ってのは、盗品を売りさばくため、ある程度の量が集まれば下山する。町におりて金に換えなければ、食糧や酒が手に入らない」
「たしかに、そうだね。それで?」
「単純に、そのあいだは遭遇率が減る。ついでに、女遊びをしてくる連中が多いと聞くからな」
「おんなあそび? 女の人と、なにをするの?」
まじめな顔つきで聞き返すユグムは、リュベクの眉がピクッと吊りあがる一瞬を見のがした。「こういうことだ」といって、主人を床板へ押し倒すリュベクは、するっと、単衣の内側へ腕をしのびこませた。太腿の内側をひと撫でされたユグムは「ひゃっ!」と短く叫んだ。
「リュベクったら、なにするのさ」
「こういう状況で、とっさに小刀を引き抜かなければ、護身用に持たせた意味がないな」
「……あ……」
リュベクの真顔が近い。うっかり見惚れてたじろぐユグムは、躰の一部に紐で固定された小刀をさぐった。
「おどろかせないでよ。訓練なら、最初にそう云ってくれなきゃ、降伏しちゃうところだった……」
「無条件とはいくまい」
「そ、そうだけど……、リュベクになら、なにをされても許すから……」
「ふうん?」
「な……、なんだよ、その溜息! ぼくのことば、信じられないの?」
「信じるさ」
「……っ!(うわっ、なにその科白、カッコよすぎだよ!)ち、ちょっと待って。さっきから顔が近い。もう少し離れて話して」
「なにか問題あるか」
「……あるよ。いちいち云わなくても、わかるでしょ」
「さあな」
「え……? わからない?」
「冗談だ」
「……っ! リューベック!」
めずらしく軽口をたたく従者と、しあわせなやりとりが発生したユグムは、なにも云い返せなくなって沈黙した。リュベクが本気をだせば、ユグムを降伏させることは容易い。押し倒されても(まったく)不愉快ではないユグムは、躰じゅうが熱くなるのを感じた。腰をひねってリュベクの腕から脱出すると、窓辺へ移動して深呼吸をした。
子どもであったころが、なつかしい。宮殿の庭を無邪気に走りまわっていたユグムは、遠い記憶に思いをめぐらせた。
「こんなぼくに、今さらできることは少ないけれど……、ぼくは、リュベクと旅をするんだ。前に進むことが、ただひとつの目標だから……」
これから向かう先で、多くのものが眸のなかを過ぎてゆくだろう。惨劇の夜に立ちすくみ、将来に絶望したユグムは、その弱さを胸に秘め、新しい勇気を身につけて歩きだす。苦しい別離に涙を流すとき、心まで不幸に奪われてはならない。リュベクによって注がれた精力はユグムの血と交ざり、生きる希望を支えつづけている。弱音を吐くまえに人肌を求めて快楽に溺れる行為は、精神安定の役割をも果たした。
「ユグム、あすの朝、移動を再開するぞ。今夜は早めに休んでおけ」
「う、うん、わかった。……ねえ、リュベク。ギタールについたら、町を案内してね」
「ああ。めずらしい交易品もたくさんあるから、ゆっくり見てまわることにしよう」
島国から船にのってやってきたリュベクが最初に上陸した場所は、ギタールの港町である。活気のある大きな町で、領主は王族の外戚にあたり、高台には水平線が一望できるヨンソン城が建つ。海からの交易品や職人文化が見どころのひとつだが、かつて、原野だった地を開拓した土着勢力が住みつき、領主の干渉を制限した。二分された区画を仕切る男は「シャダ王」と呼ばれ、奴隷の仲買を掌握している。
井戸水を汲みにゆく従者を見つめるユグムは、微かに胸がざわめいた。リュベクは、欠損した左睛を隠すため、顔半分に木綿の布を巻きつけている。ただでさえ感情の起伏が乏しい性格につき、わずかな変化を見のがしたくないユグムは、無意識に凝視する癖がついてしまった。あからさまな視線を感じるリュベクだが、とくに言及せず、ユグムによる観察は放っておいた。
山小屋にとどまるふたりが動きだすころ、ギタールの宿屋に滞在していた見習いの占者ランディと、青年の師匠であるアグリスは、荷物をまとめて船着場へ向かっていた。
✓つづく