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[BL]スレイブゾーン/涯底のリュベクは混沌に愛を秘す  作者: 地底乃人M


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第14話


 ギタールの町から東緯(ひがし)へ向かって移動する行商人いわく、山道を迂回して南下(なんか)する一行が襲われたと伝え聞くリュベクは、折りたたみ式の小刀(ナイフ)を手にとり、ユグムに護身用として持たせるため、即決で購入した。「まいどあり」という父親のかたわらで、息子らしき少年がニコッと笑う。小麦色に日焼けした肌が、島国出身であるリュベクの目にとまる。無表情で隻眼の男に、親子はなにも聞かない。余計な言及をしてこないのは、商売の鉄則でもある。


 貨物船の行き交う港があるギタールは、ヒンメルの町を出発したユグムの、最初の目的地だった。山越えの途中で遭遇した行商人は、ちょうどギタールからきた親子につき、余分な金銭を払って、いくつか情報を手に入れたリュベクは、柱を背もたれにして眠るユグムをふり向き、道程(ルート)の変更を考えた。迂回路に山賊がでた以上、遠まわりする意味がない。


「そんじゃ、わい(、、)らは、お先に失礼するよ」山小屋を()つ行商人親子を見おくったあと、リュベクは扉をあけたままにして、早朝の空気を取りこんだ。清風に吹かれて目を覚ますユグムは、井戸水で顔を洗うリュベクのところまで歩み寄った。水滴(すいてき)をはじく褐色の肌が、太陽の光を浴びてまぶしい。


「リュベク、おはよう」


「起きたか。さっそくだが話がある」


「なぁに?」


「行商人いわく、迂回路に山賊がでたそうだ。道程(ルート)を変えるぞ」


「そういえば、ふたりの姿が見えないね……」


「先にでたからな。護身用に、これを買っておいた。折りたたみ式だが、刃物に注意しろよ」


 小刀(ナイフ)を受けとったユグムは、衣袋(ポケット)のない単衣(ひとえ)を身につけている。どこにしまえばよいのか悩んでいると、リュベクは足もとに置いてあるサックの長い紐を切り、「こいつを使え」という。手渡された小刀と紐を交互にながめ、「どうやって?」と首をかしげるユグムを前に片膝をつく従者は、いきなり単衣の裾をめくりあげた。


「わっ、なにするの!?」


「動くな。太腿に固定する」


 リュベクの指が内股にふれるたび、膝がふるえそうになるユグムは、唇を固く結んでがまんした。


「いいか、身の危険を感じたときは、この小刀(ナイフ)で相手の腕や胸もとを切りつけろ。武器として攻撃するのではなく、意表を突いて、逃げる隙をつくるんだ。……相手にかまわず、迷わずやれよ」


「な、なんで急に、そんなこというの? ぼくの身は、リュベクが守ってくれるんじゃないの?」


「……わからなかったか。おれは、相手にかまわず(、、、、)と云ったんだ。おまえに害をなすものが、いつも他人とはかぎらない」


「どういう意味……。わからないよ、リュベク。もっとちゃんと説明して」


 つい感情的になって声をあげるユグムは、ギタールの町では人身売買が合法的に行われており、戦闘奴隷(ストレンジャー)のリュベクが買収される可能性を失念していた。世のなかの不条理に直面したとき、純真なユグムの思考回路は迷走するだろう。もっとも、現在の主人であるユグムの言値(いいね)を払える相手でなければ、引き抜きは成立しない。生涯を賭してユグムに仕える覚悟のリュベクだが、万が一に備えておく必要があった。


「ねえ、リュベク……。ぼくは、いやだからね。きみを傷つけるなんて、絶対にできない。これ以上、きみを傷つけるなんて、そんなの無理……、できるわけないよ……」


「失明のことは気にするなと云ったはずだ。おれを心配するのは結構だが、少しは危機感をもって(のぞ)め。この旅を甘くみるな」


 思いがけず、強い語気で指摘されたユグムは、リュベクに飛びつき、地面へ押し倒した。主人が怪我をしないよう、その身を下敷きにして空を仰ぐリュベクは、胴体にまたがるユグムと見つめ合った。



「……だったら、今すぐ、ヒンメルの町にもどろうか? ぼくはあそこで、エンドレ城の一室で、のんびり暮らせばよかったのかな? グウェンに甘えて生きるほうが、ずっと楽だもの」


「否定はしない」


「……っ! リューベックのばか、ばかぁっ!!」



 大粒の涙をこぼして叫ぶユグムは、山小屋へ逃げこんだ。ただし、扉に鍵はない。あとからやってきたリュベクは、暗がりで小さくなっているユグムに近づくと、抵抗する腕を引き寄せて口づけを交わした。


「リュベク、リュベク……!」


「怒っていたわりに積極的だな」


「うるさいな。ぼくにだって考えがあるんだ」


「どんな」


 主人の表情は落ちついているため、従者は会話をつづけた。


「……リュベクを困らせたくない。……だから、ごめんなさい。それに、ヒンメルの町には、しばらくもどりたくない。本当は、わかっていたんだ。グウェンが親切なのは、ぼくが貴族だからで……、もし、流民だったら、きっと、対応はちがっていたと思う」


「そうかもな」


「……うん、……ごめんなさい」


「何度もあやまらなくていい」


「ありがとう、リュベク」


 ユグムは従者の首筋へ抱きつき、あたたかい体温と息づかいを感じて安堵した。リュベクの耳もとで「大好き」とささやくと、気を取りなおして出発の準備を整えた。



✓つづく

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