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第13話


 太い樹の茂った森のなかを歩くユグムは、草を踏みわけて先をゆくリュベクの背中を見つめ、ぐっと、顔をしかめた。弱音は吐かない……つもりだった。しかし、夕方になると足腰は限界で、「ま、待って、お願い……、もう歩けない……」と、力つきた。西陽が沈むと、(あた)りは真っ暗となり、樹々の枝のすきまから、わずかな月の光が地面を照らした。


 ビスケット状に固く焼いた塩味の乾パンと水、リナールというシャリッとした丸い形の果物を食べて野宿するふたりは、周囲へ視線を泳がせた。



「……なんだか、さっきから誰かに見られているような気がする。リュベクも、そう思わない?」


「ああ、野生動物だろう。自然領域は、彼らの縄張りだからな」


「もしかして肉食とか?」


「おそらく、いるだろうな。そいつらにとっておれたちは捕食対象だ」


「ええっ? いやだよ、こんなところで動物に食べられるなんて……!」


「落ちつけ。肉食獣(やつら)が近づく前に移動するか、追い払うまでだ。おまえは少し寝たほうがいい。おれが見ている。休め」


「……うん、わかった」



 体力を回復するため、草叢(くさむら)を枕にして横たわるユグムは、リュベクのことばにしたがって眠りにつく。歩き疲れた躰は、待ちかねていたかのように地面と一体化した。


 熟睡するユグムを見まもるリュベクは、周囲への警戒を怠らず、朝方に仮眠をとって目覚めると、ユグムの寝顔をのぞきこんだ。幼い顔だちの青年だが、その肉体は成熟しており、せまい外口から無理やり性器を挿入されて()がる姿は(なま)めかしく、体内領域の特異な感触は、リュベクの興奮を煽ってやまなかった。主人(あるじ)の腹底を掻きまわして快楽を堪能した従者は、「こんなはずでは、なかった」と、無意識に口走った。



「リューベック……、おはよう……」



 朝の清らかな空気を吸いこんで目を覚ましたユグムは、ゆっくり上体を起こした。生理的欲求の自制を強いられるリュベクは、主人が寝ている(すき)に用を足して鎮めると、いつもの無表情でうなずいた。



「リュベクは、ちゃんと寝られた?」と訊くユグムに「ああ」と答えて立ちあがる従者は、地図で現在地を再確認すると、出発の準備を整えた。


「きょうは、中腹にある山小屋を目ざす。そこには水場もあるぞ」


「それじゃ、躰を洗えるね。ぼく、汗びっしょりなんだ」


「おれもだ」といって水筒を差しだすリュベクは、山賊や肉食動物との遭遇率を低める道のりをさぐり、慎重な山越えに思考をめぐらせる。ユグムは辺りを見まわし、(つえ)になりそうな枝を探した。「行くぞ」といって歩きだすリュベクのあとを追い、勾配のきつい山道を黙々と進んだ。


 山小屋へ到着したとき、井戸には先客がいた。行商人の親子で、樽桶に水を汲んで背中を流している。ユグムが近づいて挨拶すると、「水が冷たくて気持ちいいですぞ」と(ひげ)の濃い父親が気さくに応じた。さっそく、その場で単衣を脱ごうとするユグムを、リュベクが制する。貴族の人間が第三者の前で肌をあらわにしては、まるで節操なしだ。貴族社会における細かな教養を受ける機会を奪われて成長したユグムは、そういった観念が欠如していた。


「おれたちはあとだ」といって、ユグムの腕を引き寄せて山小屋へ向かうリュベクは、状況を理解できずに怪訝な顔をする主人を見おろし、小さく溜息をついた。壁ぎわに、行商人の荷物が積んである。今夜は、彼らと同じ空間で夜を明かすことになるため、山賊に襲われた場合、親子を見捨てる判断も念頭に置くリュベクは、ユグムを扉からいちばん遠い柱の陰に坐らせた。


「ぼく、水浴びしたいよ」


「今はがまんしろ。あの親子が寝静まったあと、おれが躰を拭いてやる」


 先に保存食で腹ごしらえをしたふたりは仮眠をとり、夜半になってから井戸水で躰を洗った。(たい)らな岩に腰かけて背中を流してもらうユグムは、リュベクの腕が腋窩(えきか)よりすべりこんできて胸や腹部を拭きだすと、下半身がふるえた。


「そ、そこは、だめ……。じぶんで拭けるから、触らないで……」


 ベッドのうえでは身をゆだねるくせに、今さら恥じらうユグムに眉をひそめるリュベクは、敏感な部位を拭こうとした腕を遠ざけた。


 ユグムの後方で水を浴びるリュベクは、紫紺の髪を指で掻きあげ、耳をすませた。夜行性の鳥が、どこかで羽ばたく音が聞こえる。ネズミやカエルなどを獲物として狩る猛禽類が、人間を襲うことはない。むしろ、毒をもつ(ヘビ)蜘蛛(クモ)のほうが危険だろう。


「……ふぅ、さっぱりしたぁ」


 水浴びができて満足するユグムは、夜空を見あげ「わあ、すごく星がきれいだね」と、つぶやく。「そうだな」と、気のない返事をして(そで)を通すリュベクは、山小屋にいる親子の動きを注視した。行商人のふりをして近づき、油断したところを襲われる可能性も捨て切れない。すべての人間を疑うことが、従者の役目でもある。しかし、ユグムの体質が受け身である以上、ファーデン家の血筋は途絶えると思われた。女を抱けないユグムに、血を分けた子孫を残すことはできないだろう。



✓つづく

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