シャダ王篇/第11話
この世に、正しい答えはいくつあるのだろうか。人間は用意された価値を探して、自我の存在を確認する。正しいと思われる価値は、思想を象徴する十字架のようなもので、その影は幸福の行方を知らない──。
ヒンメルの町を出発したユグムとリュベクは、行く手を阻む山間部をまえに、麓の町で情報を集めた。
「おかえりなさい。どうだった?」
歩き疲れて宿屋に待機するユグムは、部屋へもどってきたリュベクに、さっそく声をかけた。
「やはり、山賊が徘徊しているようだ。迂回路も険しくて安全とは云えないが、遭遇を避けるには南下したほうがいい」
「遠まわりするってこと? ぼくたち荷物は少ないし、高価なものなんて、なにも持ってないよ。それでも狙われるかなぁ」
「やつらが盗むものは、物品とはかぎらない。人を攫って売り飛ばすこともある」
「人間を、どうして……」
「最悪の場合、臓器をひき抜かれて終わりだ」
戦闘奴隷のリュベクは無表情で語る。生まれも育ちも異なるユグムは、「そんな……」と小声で怯えた。十八歳になったユグムは、大陸では成人男性として扱われるが、第三者の睛には世間知らずな少年に見えた。身長もリュベクのほうが十センチ以上高い。
おもて向きは主従関係のふたりだが、性交渉という濃密な夜を過ごした以上、恋人同士らしい時間を期待するユグムは、思ったことを口にした。
「ねえ、リュベク……。せっかくふたりきりなのに、どうしてなにもしないの? そんなに遠慮しなくても、ぼくなら、だいじょうぶなのに……」
ベッドに横たわる主人は、単衣の裾が膝上までめくれている。旅費を節約するためパッセの安い宿屋を選んだ結果、亀裂のある薄い壁から、すきま風がはいってきた。リュベクはコンッと軽く木目をたたき、「これでは、おまえの喘ぎ声が筒抜けになるぞ」という。
「おれに抱かれるあいだ、高い声をがまんする必要がある。おまえに、それができるか?」
「な、なに、その云い草、信じられない……!」
勢いよく頭から布団をかぶるユグムは、従者の指摘に腹が立った。とはいえ、初体験の夜は無我夢中で大きな声をあげてしまったので、一方的に非難することはできない。しばらく消えないおしりの違和感も気になったが、ユグムにとってリュベクとの性交痛は、まったく不快ではなかった。
初夜にて、ユグムの身体構造を細部まで知りつくしたリュベクだが、興奮や快楽の要素にくらべ、思考は至って冷静だった。手順をまちがえることなく前戯に時間をかけたあと、体内領域へ性器を挿入すると、充分すぎるほどユグムを喘がせた。雄性同士とはいえ、妙な感覚に捉われたのも事実だ。
思えば、ユグムの態度は最初から友好的だった。見知らぬ傭兵の素性を疑いもせず、笑顔で話しかける挙句、性行為さえ求められるとは、リュベクの予想に反した。あらゆる意味で無防備につき、うっかり手をだしてしまった気分に陥る。リュベクは、ユグムの求める感情を理解したうえで、見境をなくすわけにはいかない立場なのだ。
「……おれは、おまえを守りたいだけだ。それがわからないのか」
なにやら責められた気がするユグムは、そっぽを向いたまま「ぼくは知らない。そんな話、聞きたくない!」と、へそを曲げた。子どもっぽい性格の主人に、リュベクは小さく溜息をついた。
✓つづく
[主要人物/世界設定解説]
■ユグム・ファーデン
主人公、黒睛黒髪、上級貴族出身
やや世間知らず、受け身、18歳
■リューベック
隻眼の男、ユグムの従者、??歳
島国出身、褐色の肌をした片刃剣使い
基本的に無表情、右睛は暗い紫色
通称「リュベク」
■ランディ・エルピーダ
見習い(修行中)の星読占者、21歳
銀色の髪を頭巾で隠している
睛の色は灰色
通称「ラティ」
■アグリス・ツァガ・アドルノ
ランディの師匠、年齢不詳
快楽主義をよそおっている
深緑の髪に虹彩異色
■ヒュドル・シャダ・オウレンセ
奴隷交易を仕切る男、42歳
脇腹に傭兵時代の傷痕あり
利己主義の酒豪だが多方面に人脈あり
通称「シャダ王」
※王様の意ではなく「オウレンセ」の
「オウ」より当て字
■レオハルト・バルレッティ
ヒュドルに忠実な部下、38歳
黄金色の美しい睛の持ち主
通称「レオ」「バルレ」
✦奴隷制度
貧困層出身者は生命ある道具として
主に労働や性的行為を強要される
✦王族や貴族が存在し、それぞれの
管理区域を支配(統治)している
✦言語と通貨は共通で1パッセ1円也
魔法や半獣(人外)は存在しないが
獰猛な肉食動物などはいる
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