幕開け/第1話
大火に燃える宮殿へ駆けつけた救世軍の騎士は、黒布に身をつつんで立つ裸足の生存者を見つけた。
輪廓のやわらかな、十四、五歳くらいの少年と、その足もとに片膝をついて頭をさげる男がいる。従者らしき男は負傷しており、切れ長の左睛に、大量の血が噴きだしていた。
支配者の権力が衰退し、民心を失ったとき、管理区は無秩序状態に陥る。領地のいたるところで戦乱が起き、過激派組織は奴隷の収奪を目的として動きだす。策謀家は無法の兵士を雇い、かつての王族や上級貴族の血筋を滅ぼす勢いで侵略した。
「そこのきみたち、早くこちらへ! われらはアスピダの救世軍である!」
鎧馬から腕を差しのべる騎士は、鉄兜をしているため人相を確認することはできない。正義の盾の騎士長として連隊を率いる青年は、罪なき者を見定める能力に優れ、各地でやまない暴動を鎮圧していた。しかし、武力に頼らず、真に平和な社会をつくりあげていく努力こそ、怠ってはならない。
響きわたる大砲に交じる悲鳴、惨殺された男たち、連れ去られた女たち、苦喚の声、泣き叫ぶ子どもにふりおろされた刃が空気を切る音、屍体が灼ける臭い、残酷すぎる日常の破壊。あれ狂う群集は、わずか数時間で少年の小さな国を灰にした。
不条理な夜に無力だった少年は、その黒い睛に惨劇を灼きつけ、唇を慄わせた。
「……尽……いってしまった……。ぼくは……、これからどうすれば……」
領地を奪われ、血筋まで絶やされた少年は、いまや天涯孤独である。はり裂けそうになる心と、憎むべき無念さにめまいがして倒れると、隻眼の男は、馬上の騎士へ少年の身をあずけた。
「待て。おまえはどこへ行く気だ」
「……おれのことはいい。あとから追いかける。その子を助けてくれ」
隻眼の男はリューベックと名乗り、戦火のさなかに姿を消した。意識が遠のく少年は騎士の腕に支えられ、長い長い夢をみた──。
かしこに燃える大地は、亡びの臨終に血の色の風を吹かす。この哀惜の念は、誰が忘れることができよう。たとえ何千年の時が流れようと、攻め落とされた大地に、栄光はよみがえる。そしてふたたび、新しい治世が始まる。
すべての生きている人のため、
きみがいるその場所で……。
✓つづく
[主要人物/世界設定解説]
■ユグム・ファーデン
主人公、黒睛黒髪、上級貴族出身
やや世間知らず、受け身、18歳
代々の領地を亡ぼされてしまう
■リューベック
隻眼の男、主人公の従者、??歳
島国出身、褐色の肌をした戦闘奴隷
基本的に無表情、右睛は暗い紫色
通称「リュベク」
■グウェン・アレッツォ
アスピダの騎士長、勇敢な青年
細身だが鍛えている、26歳
■ダンテス・リェイダ
アスピダの騎士のひとり
馬の世話と読書が好き、23歳
■ヒュドル・シャダ・オウレンセ
奴隷交易を仕切る男、42歳
脇腹に傭兵時代の傷痕あり
利己主義の酒豪だが多方面に人脈あり
通称「シャダ王」
※王様の意ではなく「オウレンセ」の
「オウ」より当て字
■レオハルト・バルレッティ
ヒュドルに忠実な部下、38歳
黄金色の美しい睛の持ち主
通称「レオ」「バルレ」
✦奴隷制度
貧困層出身者は生命ある道具として
主に労働や性的行為を強要される
✦物語の舞台はニュクスという大陸
五つの領地にわかれて管理され、
海には自治区の島が浮かんでいる
✦王族や貴族が存在し、それぞれの
管理区域を支配(統治)している
✦言語と通貨は共通で1パッセ1円也
魔法や半獣(人外)は存在しないが
獰猛な肉食動物などはいる
✦大陸の気候は温暖で、雨量は少なめ
各地とも砂礫や岩場が多い地形だが
いろいろな名産品や食料がある
[第二話へ進む]
※グウェンによるユグム救出直後の展開を知りたい方は、少し先の第三話をご拝読ください。