86.顕現
「依頼遂行だと……? お前は何者だ!」
スーツをピシッとキメており、ツヤの出たネクタイを締め直す。
「──ドン。己が欲望のために巨悪を成す存在。言うなれば、僕という存在は世界の欲望に近い」
「ドン……聞き慣れない名前だ」
「聞き慣れなくても仕方ない。名乗るのは初めてだからな。故にデビュー戦というやつだ」
左手に糸を構え、剣を構え、魔法を構える。様々な得物に変化させながら相手の顔色をうかがっている。
「多種多様な武器……それを私に見せてなんになる」
「単なる威嚇だ。相手の最も嫌がる武器で迎え撃とうとな。こう見えても僕は多彩な芸を持っている」
スーツ姿には似つかわしくない斧や槍までもがその対象だ。ユーカスは初めて見る系統の敵に多少なりとも困惑しているのが分かる。
色々な武器を使うのなら弱点のない立ち回りも可能と言うわけだ。そんな変人が居るはずもないと呆れた声を漏らす。
「見た目と声からして20代……その若さですべての武器を操るのは、いかなる達人でも無理な芸当だ!」
「……それはどうだろうな」
ランダムに武器を見せつけていたドンは、武器が決まったのかそれを見せつけて鼻で笑う。
「今宵の得物はこれとしよう。貴様が最も戦いやすいこの武器でな」
彼が選んだのはグローブ。革のタイプでアエリナが使っていたものと比べると二周りも小さい。
「手の内を明かした上で私の得意とする武器をあえて選んでみせたと……?」
「そうだ。でなければつまらなくなる」
「初めからそれを選ぶつもりでいたくせに随分と粋がるなあ。それにあまり時間をかけると二人とも死んじゃうよ?」
ユーカスの指さす方向にはセリア。彼女は穏やかな表情で眠っていた。
「……あの顔がもうすぐ死ぬ人の顔だとでも?」
「あり得ないっ、闇魔法の呪だぞ! まさかお前が解呪したのか……?」
「さてどうだかな。僕は依頼通りの内容しかこなさない主義でな。一度結んだ契約にはしっかりと従わねばならないのだと、自身を縛っている」
余裕の態度のドンが気に食わないのかユーカスは怒りを表に出す。冷静を取り戻すには目の前の不安要素を払うしかない。
「ちっちっちっ! これじゃあ私の計画が台無しだっ! 二人とも死ななければ新しい加護が──」
「貴様に明日は来ない。ここで大地の栄養となるがいい」
「無名の雑魚にはお似合いのセリフだねぇ……死ぬのは、お前だ!」
黒球を無造作に乱射し、聖人二人を巻き込むほどに雑に魔法を行使する。それを拳一つでドンは応戦してみせる。
たった一振り。
向かうすべての魔法の威力を衰退させ、掻き消した。その隙にセリアとアエリナの二人をまとめて抱き抱える。
「狙いは僕とこの二人……特にこの二人は必要以上に追い回す気のようだ」
「化け物かお前! ただの筋肉で魔法に打ち勝つなどあり得ないっ」
「ならば次は殺す気で撃ってこい。僕は見ての通り荷物を抱えている。これで一発も当てられないようなら……ふっ、魔法を使う者としては恥じるべきだな」
見え透いたわかりやすい煽り。ユーカスは煮え滾る気持ちを押し殺す。冷静でいなければ魔法行使に影響を与えてしまう。
「その手にはのらないよバカが。達者な芸も誘導も、私の魔法コントロールには無意味だ!」
並ぶ魔法陣。実戦魔法の類で威力は現代魔法を凌駕する。
「押し殺せ! ──闇・第四階級魔法」
謎の音と共に細く射出される黒紫の弾丸。
軌道を変えながら正確に標的を襲う。
「貫通性に優れた魔法と見るが……果たして……」
ドンは地面に足を叩きつけ地面をせり上がらせる。
いきなり目の前に壁が現れた。目視では正確に標的を狙えない。
「魔力は常に漏れ出るもの。僅かな流れから壁の向こうでも狙いをつけられる」
彼は目を閉じて壁の向こうにいるドンを捉えようとする。
「そこかっ!」
「残念はずれだ」
「なにっ!?」
捉えていたはずの魔力から少し狙いがズレていた。魔法はすべて外れる。
「冗談だろ……私が見間違うわけが……」
もう一度確認する。一度目と同じく確かに魔力の反応がある。だが反応を確認できるのはドンが抱えている二人だけ。
「──そんな、バカなことが……」
「これはお返しだ」
瓦礫の向こうから姿を現したドンは、小さな瓦礫を蹴り飛ばして散弾銃のように広範囲を薙ぎ払う。
「ん……はっ! セリア!?」
ここで意識が覚醒するアエリナ。自分が抱えられていることなど構わずに暴れる。
「誰だ貴様!」
「…………」
ドンは何も言わずにアエリナを離した。ドテンと地面にぶつかる彼女は急いで立ち上がって牙を剥く。
「痛いではないか貴様! 高貴なる存在に対して無礼である」
「……この者が見えないのか?」
めんどくさくなったドンは、セリアをチラつかせながら余計なことはするなと警告する。
「どいつもこいつも──」
今にでも殴りかかりそうな彼女にドンはセリアを投げつける。
「ちょっ……」
「そいつは貴様に委ねる。足手まといはさっさと去れ」
しっしと手で追い払う真似をする。
「なにをっ──」
「ぐっ……結界がなければ大惨事だ」
砂煙の向こうでユーカスのシルエットが動く。
「どうした? 僕はまだ攻撃という攻撃をしてはいない。それなのに劣勢に立たされているのは貴様ではないか」
「お前ごときに負けるはずがない。舐めた真似ばかりして……それで殺されても誰も文句は言わないだろうね!」
纏う気配がまた変わった。砂煙の向こうで新たな魔法陣が薄っすらと見える。
巨大なレーザー魔法が前方から迫る。
「なんともぬるい」
防御結界を張る程ではないと感じたのか彼は、拳を突き出してレーザーを割る。
「持続的に攻撃を浴びせるのは巨体のみ有効。世界の一粒ですらないこの僕を消し飛ばすならば……強い一撃を持ってこそだろう」
「押し負けるっ……」
掌底で空気ごと魔法を押し出す。
「ぐうっ!?」
仰け反った彼に踏み込んだ一撃。魔力を纏った両腕で防御する。
「なんのこれしき!」
バチバチと肉のぶつかり合う音。
ダメージはあるが大きくはない。その間に反撃を用意する余裕はある。
「掛かったな!」
至近距離での魔法。魔法陣は妖しく輝き今にでも爆発しそうだ。
ドンの足は黒い鞭で固定されている。
「なるほど。こんな芸当も可能というわけか」
「──身を焦がせ!」
爆ぜた。
どれだけ身体が強かろうとも、複数の爆発に巻き込まれればただじゃ済まない。
「んっ……!?」
油断したユーカスへ魔法陣の残骸が飛んでくる。
「がっ……」
彼もドンと同様に爆ぜる。
「小細工で負ける僕ではないのだと……教えたはずだ。技術は時によって人智をも超える」
「なんなんだよぉお前! 何がしたいんだよぉ! 私の邪魔をしてなんになる!」
「巨悪を成すためだ。それには半端な悪を排除する必要がある。分かるだろう? 亜神教会の端くれ」
「我らの教会を悪と罵ったな……人ごときが女神を越えられると思い上がるなよ!」
次々と降り注ぐ雨のような魔法。
それを歩いて躱す。躱せないものは手で弾いて相殺する。
あまりにも淡々とした表情。アエリナは背中だけしか見えていないが、この人物がいかに強者か手合わせする必要もない。
完全な上位互換だ。
「魔法相手に拳で……不利どころの話ではない。だがあの男は何故こうも優位に戦える……」
出た感想はそれだ。同じ拳で闘う者として魔法相手に強く出れないことは知っているからだ。
さらに相手は即死級の魔法を放てる闇魔法。臆せず一歩、また一歩と歩く姿には美しかった。
「隙がなさすぎる……」
掠りもしない魔法にもはや怯える必要もないのだという。
「本当に厄介だ! ちょこまかと動く的に、こんなにも腹を立てたのは初めてだよっ!」
ユーカスは拳の届かない宙へ逃げる。遠距離の攻撃手段を持たない拳では成す術がない。
「だけど優位は空にある。地を見下す女神の気持ちが少しは分かった気がするよぉっ!」
さらに激しくなる魔法攻撃。
それでも当たらない。当たっても大したダメージにはならなさそうな風貌さえある。
「それは滑稽な話だ。女神はいつ、地を見下したと言った」
残像を残してドンの姿が消える。
「どこに行った……!」
「速さについてこれないのなら……貴様は魔法使いとしての格が低いな。本当に堕落しきっている」
「上っ……!?」
真っ青な魔力を拳に集め一瞬にして放たれた。
気づいた時にはユーカスは地面に叩きつけられていた。
「があっ!?」
「死ぬにはまだ早いっ」
空からドンの追撃。稲妻が落ちたかのような衝撃を浴びる。
地面は派手に砕ける。
「ぬぅあぁぁぁぁああ!」
血を吐きながら悶え苦しむ。
全身の骨がボロボロだ。
「ぐっ……いだいいだい!」
即座に再生の魔法をかけるが、そんな悠長な時間を与える人物は居るだろうか。少なくともドンは楽しむために様子を見る。
「ユーカス!」
だが拳の疼きが止まらなかったアエリナに狙われる。
「ちょっとお邪魔しますね」
ところがローブを着た細身の男……のようにも見える人物がアエリナの拳を蹴り上げる。
「貴様っ……!」
強烈な蹴りを腹部にもらいアエリナは瓦礫まで一直線に吹き飛ぶ。
「あーやり過ぎた感じだね」
弾んだ中性的な声。
「お前……遅いぞ!」
「すみません。ザウロも死んでしまったようですし、僕の不手際です」
無惨に散ったザウロの死体を見て、華奢な男はうっすらと笑みを浮かべる。
「早く体を治せ!」
「すみません」
ユーカスの体に触れて魔力を流す。
ドンは黙ってその様子を見ていた。
「この無様を晒すのは女神にとって不利益に繋がる! 今まで何をしていたんだ!」
華奢な男は不敵に笑うと魔力の流れを止める。
「……何をしている」
「僕は君にやったように、同じ事をしていたんですよ。暴走する魔力、制御できない凄まじい力……」
「まさかお前……!」
ユーカスの体が変異し始める。
「アハハハッ! 君はこうでもしないと役に立たなそうだからね。君の終属性を奪ってあげたよ。どうだい? 今から人でなくなっていく感覚は。痛いかい? 苦しいかい?」
「おぉぉぉお前ぇぇぇえ!」
「アハッ、アハハハ! 凄いだろう、これがあちら側の世界の力だよ。女神も言っている、自分が自分でなくなるのが怖いって!」
ユーカスの体は膨れ上がり人の形を保ちつつ肥大化をする。
「ヌゥゥゥゥウ、お前!」
「大丈夫ですよ、アレに勝てたらちゃんと治してあげますから」
手を叩きながら笑う華奢な男。
「ほらほら、強くしてあげたんだから早く早く!」
「がっ……グゥゥウオオオオ」
頭を掻きむしりながらドンへと全力疾走するユーカス。魔法を使うことなく自らの巨体で押し潰そうとする。
「魔法は使わないのか」
「終属性を失って使えるはずがないだろぉぉぉおがぁぁあ!」
ドンは鼻で笑って応戦する。
「凄い凄い。魔法使いが肉弾戦するのは滑稽だよ。アハハハ」
「笑われているぞ貴様」
「なにをぉぉぉお!」
壊れた魔力の放出。制御しきれない魔力はでたらめな力を持って膨れ上がる。
──戦場はさらに激化する。
「粘るね。もう少し様子を見てもよかったけど、そろそろ退場してもらわないと」
しばらく戦闘を眺めていた華奢な男は顎に手を置いて思考し始める。
「っと、僕に不意打ちは効かないよ」
ブオンと背後から刈り取ったつもりのアエリナ。
「貴様──」
「ヌーだよ」
名前を聞かれると思って直ぐにそう答える。
「貴様らは何が目的だ。余の首を狙う理由に値するのだろうな」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。僕はね、ただ敷かれたレールを走っているに過ぎないんだよ。亜神教会ってそんなものだよ?」
「貴様、亜神教徒だったか。であるならば生かす道理はない。余の首を狙うものは死に値する!」
ヌーを目掛けて踵を振り下ろす。
「痛いじゃないか。でも今は戦うつもりはないよ。面白いものが見れるからね」
素手で踵を握りそのまま放り投げる。
「余の超火力が通用せんだと!?」
「聖人如きの力で僕を凌駕するなんてあり得ない。聖女でもなければ女神でもない君は無力だ」
「なんだと? 余の力が無力?」
「説明が面倒だ。まああの醜い化け物を見たら分かるだろう」
視線の先には完全に変異したユーカスがいる。小さき者を殺そうと必死になっている。
「なんだあれは!?」
「あちら側の住人だよ。みんなの側面を映し出したのがあちら側の住人。この世界が白とするならあちら側の世界は黒になる。黒化と呼ぼうか、黒変と呼ぼうか迷ってるんだよねー」
とその時、吹き飛ばされたユーカスが二人の間を割った。
「へえ凄いや。コレに対抗できるなんて女神でもそう多くないのに。第一に触れたら終わりだよ?」
それを聞いたアエリナはすぐに距離を取った。
「ぐぞぉぉぉぉおお! 魔法が使えんとは言えなぁあぜ壊せない! 私は無敵になったはずだ、それなのに!」
「技術だ。毛で鉄を貫くように、炎で氷を生み出すように。あり得ない技術をあり得ないままで終わらせるのはあまりに勿体ない。それでは力をつけたとしても、利用する他使い道はない。乱暴な暴力で世界を征服できるのなら誰でもやっている。技術こそすべて」
「力こそすべてだ! 加護こそすべてだ! 私の果ては女神によって与えられる! お前ごときに測れる代物じゃないぃぃっ!」
勘なしの大ぶり。地面に拳が激突すると魔力が爆発する。
「もはや遊びはここまでのようだ」
腕の間から覗く仮面。それは黒く燃え上がる。
そして今までとは比べ物にならないほどの威力で殴られる。右へ左へ素早く、重たい一撃が体に響く。
「このぉお!」
ユーカスも豪快に両腕を振り回して抵抗するが、スルリと交わされた挙句、致命的なカウンターを貰う。
意識が朦朧とする中、顎を蹴り上げられると自然と膝をつく。
「──断罪の時は来た。巨悪を成すべくして我が身は今宵、制裁の剣となる。邪悪など、この身一つで事足りる」
爆発的な魔力の集合体。荒れ狂う魔力は大気を揺らし、周囲の生物に警告を告げていた。
「古代詠唱……!? だがこの詠唱は聞いたことがない……!?」
ヌーは慌てた様子でドンに近寄り、魔力を流し込んだ。
「これを放たれては困る。こんな馬鹿げた魔力を放たれれば、周囲どころかあちら側の世界まで影響を受ける!」
ドンの終属性を完全に破壊しようと魔力回路を弄るが……。
「バカな……終属性を持っていないだと!? 生物ですらないのか君は!」
「残念だったな。僕は終属性だろうが無属性だろうが自在に顕現できる。この意味がわかるか?」
「まさか君には黒化すら制御できるというのか!?」
「然り。この身の前に邪悪は一切残さない。そのための力、そのための技術である」
何かが潰れた音と共に、セリアとアエリナ、そしてヌーは弾き出される。
「あ……あ……」
取り残されたユーカスは絶大な気配と気迫に怯えきってしまう。
「なんな……そんなバカなことが……」
「──裁量の判定」
暗い夜空に一つの柱が立ち上がる。上へ上へ伸びていく柱は次第に膨張し、ゆっくりと収束していった。
何もなくなった更地。地面は青色に溶ける。
「ん……?」
ハットを被りその場を去ろうとしたドンは、目の前の人物に足を止める。
「間違いなく君の名前は広がることだろう」
ヌーは黒いローブを脱いで素顔を見せる。顔立ちも声と同じく中性的だ。性別の判断はしにくい。
赤い瞳に、水色のロングヘアー。
それ以外に。特徴はなかった。
「この世界にも、あちら側の世界にも」
「……どうでもいい。僕は僕のやるべきことを成すだけだ」
ドンは颯爽と姿を消して夜空の一部になった。
「──君は……」
ヌーは感じたこともない謎の感覚に苦しみながらも立ち去ることにした。




