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8.流行り病

 セリアの忠告を聞く必要はない。よって僕はぬるりぬるりと彼女たちの家に忍び寄る。


 厳密には窓だが。


 窓の向こうにはセリアの妹のマリアがいる部屋になる。コイツもセリアと似たような容姿だがこっちは美人顔だ。


「やっぱり魔力探知は得意か」


 窓の下にいる僕に気がついているな。気配は消しているが姿と魔力は消していない。


「や、レイン」


 本当に体調が悪そうな顔色だ。


「体調悪そうだね。顔色が良くないね」


「色白なのは生まれつきだよ。ところでなにかよう?」


 そこまで言ってない。


「セリアから聞いて心配になったから様子を見に来たんだ」


「セリアお姉ちゃんが? お姉ちゃんが心配してくれるなんて意外……」


「そんな事ないと思うけど。血の繋がった姉妹だし。それに双子でしょ?」


「いつもなら寝てれば大丈夫って言うだけだし……」


 なるほど、確かにあいつならそう言うな。けど今回に限って心配しているのは何か思うところがあったのだろう。


「うぅ……」


 マリアが少し苦しそうに頭を押さえるとベッドへ歩き出す。


 この状態でも動けるのか。流石は才能に恵まれし者。だが確かに心配するだろうね。


 マリアを蝕んでいる病気は単なる風邪ではない。王都での流行り病と呼ばれていたがこれはたぶん感染しない病気だ。


 毎年王都では流行り病が出るそうだ。


 ちなみに彼女は『魔力解放』という魔力回路の病気にかかっている。


 体内に循環する魔力が彼女の体外へ異常に放出されているのだ。魔力とは第二の血液。失えば失うほど身体に影響を与える。ひどい場合には脳に障害を残すことも。


 死に至る病気ではないもののかなり危ない病気だ。


 感染例はなく何らかのアレルギーによって引き起こされる病気だけど……王都でそれが流行っているのか。


 魔力回路が弱る病気が感染するのか? いやあり得ない。


「どういう仕組みなんだろうか……」


「レインにうつしたら悪いし早く帰ったほうが良いよ」


 マリアはうつる病気だと思っているのか。残念なことに彼女の病気は人にはうつらない。さらに魔力回路関連の病気は治療法があまりない。


「うっ……」


 これ以上酷くならないがこれ以上良くなることもない。まさに呪のような病気だ。


「大丈夫?」


「だい……じょうぶ……うん、なんとか」


「お父さんは?」


「今は王都に出掛けてるよ。私の治療薬を探してくれるって」


 ある訳がない。あるとすれば一度魔力回路をぶち壊して、2分以内に完全再生させるしかない。まあ簡単にできたら苦労しないんだろうけど。


 彼女の父も普通の病気ではないことに気づいているだろうに。安心させるために嘘をついてるな。


「ふーん。じゃあ今は家に誰もいないね」


「ちょ……ちょっと!」


 僕は窓からマリアの部屋に侵入して彼女に触れる。


「うつっちゃうかもだよ?」


「うつらないって」


 なるほど。これはかなり限定的な回路の損傷具合だ。なぜ彼女の才能の(タネ)の周りだけを損傷させているんだろうか。やろうと思えば奪い取ることができるほど損傷している。


 その他の魔力回路は無事のようで傷すらない。


「ふーむ……」


「ちょ、ちょっといつまで頭撫でてるの」


「あ、ごめん」


 わかったこととしては魔力回路自体は壊れて無いようで発芽していない種にダメージがあるようだ。


 新種の病気だろうか。種にのみ反応して周囲に炎症を起こすなんて聞いたことないし。


「勝手に上がってごめんね。すぐに出ていくからさ」


 サンプル一つでわかることなんて少ない。もっと大勢の状態を確認する必要がある。


 この病気をもらってきたのは間違いなくベルタゴス王都で合ってる。だけど感染はしないようだし原因も探さなくちゃいけないな。


 セリアの妹。しかも双子。


 三人家族で母親はいないし、マリアが重篤化すればさらに家族の輪が乱れるだろう。


 彼女らの母親にはそれなりの恩もあるし調べてみるか。


「待ってよレイン」


 去ろうとしたら服の裾を掴まれた。


「どうしたの?」


「……今は一人で寂しいから話し相手になって」


「ふーむむむ……じゃあ十分で20マニーね」


「えー! お金取るの!?」


「当たり前じゃん。僕の時間を奪うんだからさ」


 お願いごとは全て承る。ただ見返りなしにお願いを聞くわけにはいかないので必ずお金は取る。これがドンの教えなのだ。


「まあ出世払いでいいよ。君はどうせ貴族になるんだし」


「貴族? なんで?」


「僕の疼く左目がそう告げている……」


「はい?」


「まあ気にしないで。それでどんな事話すの?」


 雑談にどんな事もないとは思うが。


「セリアお姉ちゃんの事で少し……」


「セリア?」


「うん。お姉ちゃんあの日から少し無理してるような気がしてさ。こんな事話したくはないんだけどね。焦っているように見えるんだ」


 焦ってる……いつもみたく馬鹿やっているようにしか見えないんだが。


「お母さんの事は覚えてるでしょ……?」


「えぇ……それ今話すの? 大丈夫?」


 簡単に言えばミストラル姉妹は目の前で母親を亡くしている。そのことを話すつもりなのだろう。


 僕も直接見たわけだからわかる。正直あの場面は目を逸らしたくなる光景だったね。


「立派な最期だったと思うよ。私はそう思う」


「随分振り切ってるんだね。8歳とは思えないや」


 去年亡くなったばかりだと言うのにすでに前を向いているのが凄い。普通だったら寝込んでいても不思議じゃないしね。


「そういうレインこそ」


 母親に似てマリアは賢い。セリアも見習え。


「それでねお姉ちゃんが焦ってるんじゃないかって」


「流石に今のままだと無理なんじゃないかな? だって君たちの母親が負けた相手なんだよ?」


「それでもお姉ちゃんやるつもりみたい」


「あれはもはや災害の一端。仕方ないことだったんじゃないの? 防いだだけまだマシだよ」


 マリアは首を横に振った。


「防いだだけでまたアレが襲ってくるかわからない。今度はお母さんはいない。村のみんな殺されちゃうかもしれない」


「ない……とは言い切れないけどね。まあ安心しなよ。そん時になったら僕が身代わりで時間稼ぐからさ」


 未来ある少女たちのほうが大切。あのハゲ親父も涙を流して見捨ててくれるだろうから誰も心配する人はいないね。


「だめだよ! レインは死んじゃ嫌!」


「どうして? 僕も君たちの母親に守られた恩がある。今度は僕が君たちを守れば失うものはないでしょ。セリアを失うよりも」


「余計にだめだよ……レインは家族みたいなものだから。死んだら嫌だ」


 マリアと家族は誇らしいがセリアと家族は心外過ぎる。


「……例えばの話だよ。そのときになったらうちのハゲ親父を盾にして逃げるからさ。まあアレが来ないならそれでいいんだけどね」


「……うん」


「それで、セリアに何したらいいの?」


「遠回りしなくてもよかったみたいだね」


 マリアは少し微笑む。間接的に伝えようとしていたのだろう。


「でもお姉ちゃんのことじゃなくてお父さんのことなんだ」


「お父さん?」


 話のつながりが見えてこないぞ?


 マリアが賢すぎて何を考えているのか全く理解できん。


「お姉ちゃんとお父さんは私抜きで王都に出ていくことがよくある。もしかしたらあの話が進んでいるかもしれない……」


 あの話……やっぱり伝えてなかったのか。


 進んでいるかもではなくもう確定してしまっている。


 身内にも内緒にするほどの事情。聖人招集のことをマリアに隠しているのか。でも今更言ったってセリアはなるつもりでいる。


 確かに聖人に選ばれてしまえばそこからは修羅の道。命を落とす危険な仕事ばかりだ。マリアはそんな事は絶対に許さないだろう。


 いやー凄いじゃないかマリア。僅かな家族の変化で答えに行き着くとは。


「お願いレイン。お父さんを止めて」


「無理だと思うけどやるだけやってみるよ」


 家族を失いたくないから止めてか……。確実に無理だろうな。セリアは目の前で母親失って完全に火がついてる。強くなるためだったらなんだってするだろうし。僕もそれに賛成だね。


 でもマリアの考えもよーくわかる。失わないで済むならわざわざ危険を増やす必要なんてないのだ。このまま平和に暮らして最期の時まで共に過ごしたいだろうね。


「ありがとうレイン」


 まあその前に君の魔力回路の病気を治さないと話にならないけどね。


 僕のやることは三つ。


 一つ目は王都で蔓延している病気の正体、原因を突き止めること。これは裏がありそうで時間が掛かる。


 二つ目はミストラル姉妹の父であるマルセを説得すること。王都に行くついでだなこれは。どうせ無理だろうし。


 三つ目はマリアの病気を完全に治すこと。順番的にこれが一番最後になるだろう。


 どうせここからさらにやることが増えるんだしこれ以上は増やしたくないなー。


「それと後もう一ついいかな、レイン」


 甘えた声、甘えた表情。男ならそんな状況で迷う理由なんてない。


 でも僕は騙されない。


「王都に行くなら……プリン、買ってきて」


「うん」


 はい、やること増やしたので絶対に買ってきません。

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