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7.見たもの聞いたもの

 檻の中で見た夢は誰かが手を差し伸ばす夢。


 今は悪夢を見ている。


 両親を失い、仲間からも裏切られ、行くあてなく彷徨って奴隷になった、そんな悪夢。これが私の人生だって突きつけるように。覚めない悪夢。


 でもそんな悪夢を打ち砕いたのは一人の少年の声。ローブで姿を隠していて顔の上部分は見えなかった。


『いいことぉ思いついたぁ!』


 その後私は自由となり第二の人生を歩むことになった。この少年が私に未来をくれた。だからこの人のために何かをしてあげなくちゃ……。


『君の両親はもしかしたら殺されて当然の存在だったのかもしれない』


 この言葉を聞くまでは。


 殺されて当然の人なんかいるはずがない。いていいはずがない。少年は私の両親を侮辱した。そして殺されて当然とまで言い放った。


 助けてもらった恩こそあれどその言葉はあまりにも酷かった。突き刺すような鋭い何かが私を駆り出した。


 ──殺意。


 私はこの時初めて人が恐ろしいと感じた。目の前にいる存在が大きく恐ろしく見えたのだ。だからここで殺さないとみんなが危うい。


 彼を殺すことで何人もの命が助かる。


「ぐぅううう!」


 何日も食べてないのか力が出なかった。あと一歩、少し押し込むだけで少年の首に穴を開けることができるのに。


 殺したい、目の前の少年を。正義のために。


『クッハハハ……』


 少年は凶器を突きつけられているにもかかわらず嗤っていた。不気味な顔で、声で、態度で。


 その時私の体は投げ出された。


 無造作に。


 少年は力があるから嗤っていた。負けないと確信していたから嗤っていたんだ。


 全てを理不尽に殺すだけの力が彼には存在している。なのに私は弾かれるだけで怪我すらしていない。


 彼の行動と言動には矛盾している点がいくつもあった。


 『命あるものは全て──』


 彼の言っていた言葉。その通りなら今の一撃で私を殺しているはず。でもしなかった。彼は何が言いたかったのだろう。いくら考えてもわからない。


 そして森を彷徨って数時間後、日はとっくに昇り始めていた。


「水……」


 歩いた、沢山。生きる理由を見つけるために。葉に滴る朝露にすがり水を欲した。


「あ……」


 僅かでもいい。人を見つけるまではこの意識は保っておかなくちゃいけない。


「う……」


 霞む世界に一本の獣道を見つけた。


 いや獣道にしては大きすぎる。それに馬車のような車輪の跡が地面についている。この先に人里がある。


 本能で感じ取れた情報は生きる希望を見出すのには十分。それで活力が湧き出るのだったらいくらでも。


「家屋……賑やかな声……村」


 その先に中規模程度の村を見つけた。人も見つけた。


「あう……」


 でも体力が底を突き破って一歩が出ない。


「あ……ぐ……」


 慌てた様子で駆け寄ってくる一人の村娘を最後に私は意識を失った。




 ◇◇◇◇




「あ……ここ、は?」


 次に目を覚ますと目の前には天井が見えた。それを覗き込む少女の姿。


「あは、良かったです」


 ただの村娘。警戒する様子も敵意もない。ただただ笑顔を見せてくれた。


「ここは……?」


「ここはアケルナー村です。村にしては規模が大きいところですが住みやすい村ですよ」


 私の質問に嫌な顔一つせず笑顔で答える。あの時の少年とは違った対応だ。


「その耳エルフですよね?」


「しまっ──」


 慌てる私の手を掴んで彼女は首を横に振った。


「ここは他族併合村です。ベルタゴス王都と同じで色々な種族の方が暮らしているので安心ですよ」


「差別はない……ということ?」


 少女は笑顔で頷いてくれた。


 彼女の反応を見るにこの耳を見ても嫌な顔をしていないことから真実であると言える。


「獣人にハーフに人間に……沢山いるので全て知っているわけじゃないんですけどみんな隔てなく生活していますよ」


 エルフと人間には深い因果があるって聞いていたけど歴史に囚われていない村ということ……ね。


「エルフもいる……んですか」


 少しづつ精神が安定してきた。助けてくれた人に乱暴な口調は使えない。


「エルフはあなたが初めてですよ。ここら一帯にエルフの里なんてありませんからね。孤児だとかそういうのがあまり流れ着かないということですよ」


「そうなんですね」


「だから新しい種族をお迎えできて嬉しいです」


 周りにエルフの里がないということはここは北部の地域。比較的気温が低い場所。緑を愛しているエルフはこの辺に住み着かない。


 一人でここを出たって仲間は見つけられないだろう。


「あの……助けていただいてありがとうございます。お礼に何か──」


「いいですよ。助けたのは気まぐれですから。そうだ、村長に新しい仲間が加わったことを報告しに行こうと思います。みんな優しいので快く迎え入れてもらえますよ」


「いいんですか!?」


「まだ家とかないけど食料は豊富にあるからどんどん頼ってください。それにしばらくはここにいていいですから」


「あ、ありがとうございます」


 なんていい人なんだろう。人族はこんなにも心が広い種族だと言うの?


 これじゃあ長年人族を恨んでいるエルフのほうが器が小さいと言える。自分自身人族を嫌ってはないから抵抗はないけど他のエルフはどんな感情を持つんだろう。


「すぐに戻ってきますから」


 そう言って彼女は走り去った。


 夜中に会った少年より遥かに優しい態度と口調。加えてとても丁寧だった。


「あの人はエルフが嫌いな人間だったのかな……」


 罪なき人間を殺す……そんな言葉を言い放てるのは人ではなく悪魔。私を檻から出してくれた人は人間ではなく悪魔だったということで今は納得する。


 彼は私と同じでまだ子ども。あの時の言葉はさすがに冗談かな。あの時カッとなって刺そうとしたけど、刺したらきっと後悔していた。


 人を殺すことなんて許されない行為だから。


「ううん……もうあの人とは関わらないし忘れてしまおう」


 明日から第二の人生を歩む。


 今度こそはきっと。

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