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62.実力不足の剣士

 模擬戦闘試験の控室。サラッと水色の美しい髪が少女の手によって解放される。そして髪をまとめ上げ簡単な一つ結びにした。


「あれから体調は良くなったようだねセリア」


「ルアータ先生……はい、かなり良くなりました」


 柔らかく微笑む彼女にルアータも思わず笑みがこぼれた。


「誘拐未遂があった時はかなり心配したぞ。4日も図書館に籠もっていたと聞いた時は心臓の鼓動が聞こえてきた」


「心配は要りません。ただ激しい頭痛に襲われて……ストックの鎮静剤でなんとか」


「フラッシュバックか……怖くなったらいつでも言いなさい。カウンセリングの先生や鎮静剤はいつでも欲しい時に」


「ありがとうございます」


「精神は安定している……先週の様子と比べるとだいぶ落ち着いてきたみたいだ」


 目の色は澄んでおり脈が速いというわけでもない。正常な精神状態の彼女だ。


「ご迷惑をおかけしました」


「君が謝ることじゃない。マルセの管理が良くなかったからだ。なぜあんなことに……」


 すると慌ててルアータは口を閉ざす。


「この話は悪影響だったか」


「お父様は悪くないですよ。何も思い出せなくなった私が悪いんです」


 ルアータは額に手を当てて息を吐いた。彼女をどうにかして良くしてあげたいと考えているようだ。


「セリア……」


「はい?」


 優しく呼ぶ声に彼女は反応する。そして座る彼女の背後からルアータは抱き締めた。


「必ずあなたを良くしてみせる。それまではどうか耐えてほしい」


「はい、頑張ります」


 ルアータは直ぐに離れて机の上に錠剤を置いた。


「1時間後にこの薬を飲むように。この青いのは性格と感情の起伏を抑える薬だ」


「こちらの緑色はいつものですか?」


「ああ」


「はい、飲み忘れないようにしておきます」


「良い子だ。ああそれともう一つ伝えなければならないことがあった。良いかなセリア」


 ツンツンと薬をつつくセリア。


「はい?」


「この時期にもまた間引きが行われる。やはり優秀な生徒を育てるうえでは重要なことらしい。私はこういうのには反対なんだがね。学園長には逆らえない」


「また間引きですか?」


 興味なさそうに静かに聞き返す。


「生徒のことを思ってのことだろうがあまりにも残酷だ。それをあなたに託すのもあまりに残酷だが……やってくれるね?」


 彼は心配そうな瞳でセリアを見るが彼女の瞳に揺るぎはなかった。


「皆を守るためには必要なことです。多くを守るのには弱い聖騎士は必要ありません。今ここで夢を諦めてもらいます」


「すまない。ではよろしく頼んだよ」


 そう言ってルアータは控室を後にする。


 一人取り残された部屋には秒針の動く音が響いていた。セリアはそれを眺め続け気づけば長針が一周をしていた。


「あ……飲まないと」


 時刻は15時。模擬戦闘試験最後の組は16時半頃である。


 彼女は自身の頰を叩いて活を入れる。


「いつもの自分に戻らないと……」


 そうして背伸びをして、皆がいるであろう観戦席へ移動したのだった。




 ◇◇◇◇




 日は傾き始め茜色がほんの少し強くなっていた。模擬戦闘試験の時間が想定以上に長引いたのか最後の試験が行われたのは17時を過ぎた辺りであった。


 既に第二会場以外の試験は終わっており、いろんな生徒たちが最後の試験を見ようと訪れていた。


『強力な結界の準備だ』


『ほら急げ!』


 慌ただしく試験官たちが会場の設営を行う。そしてレフェリーが白い旗を真上に掲げるとドーム状の結界が試験場を囲った。


「万が一の防止策。観戦席まで強力な攻撃がくれば死傷者が絶えないだろう」


「強度はバッチリです」


「予備の結界も何枚か用意しておくぞ」


 そうしてレフェリーも試験官も試験場から避難した。この中に入るのは二人だけ。


「受験番号11番、受験番号157番おまたせしました。これより模擬戦闘試験を開始する。両者前へ」


 マイクでレフェリーが二人の登場を促す。


 戦闘服に着替えたセリアが優雅に歩き手を振りながら登場すると歓声が大きくなる。まるで一つの大会のような盛り上がりを見せる。


 対して向こう側からやってくる受験者を見ているものは少なかった。


「彼もかわいそうに。学園から見放され、聖人のサンドバッグになるなんてな……」


 試験官の一人がそう漏らす。


「仕方のないことだ。弱い者は実戦でどうせ死ぬ。ならばここで聖騎士の卵を割っておいたほうが苦しい思いをせずに済むだろう?」


 フレイグは堂々と腕を組みその結末を見届けることにした。


「フレイグ先生の言うとおりですが人生何が起きるかわかりません。見捨てるのは早計かと」


 ルアータがそう意見し心配そうに受験番号157、レイン・フォルネルを見ていた。


 ゆっくりと歩きお互いが向き合う。


「はわわわ……せ、聖人様と戦うなんてぇー」


 わかりやすいように震えるレインを静かにセリアは見つめていた。周囲の歓声が気になるのかレインはやや挙動不審になっている。


「手加減はできませんがよろしくお願いします」


「あ、ああ、ああああこちらこそよろ、よろしくお願います。あばばばば、緊張で、こ、声ががが……」


「そんなに緊張しなくても……」


 セリアは目を細める。何故かは分からない。だがこの目の前の光景がやけに懐かしいような気がしたのだ。どこかで見たことがあるような光景。


「両者構え!」


 レフェリーの合図だ。


 二人は剣を相手に向けて攻撃や防御の準備をする。


 この光景、やはりどこか既視感があるようで細めていたセリアの目は徐々に大きくなる。


「試験開始!」


 だが試行している暇はない。彼女にできることは目の前の彼を不合格にすること。防御魔法が間に合わないように斬り刻むか、防御魔法を貫通するほどの威力で攻撃し続けるか。


 勿論負担が少ないのは前者のほうだ。


 セリアは試合開始と同時にレインの持つ剣を防御魔法で弾き飛ばした。既にこれでセリアは試験の条件をクリアしたことになる。


 ついでに彼を防御手段を防御魔法のみに封じる。


 レインの持つ剣は遠くに飛ばされる。


 彼の視線は吹き飛ばされた剣。


 これで試合は終わりだ。素人かと思われる彼の防御魔法も間に合わない。あとは隙だらけの彼の脇腹に剣を撃ち込めば試験は終了。レインは不合格で退学となる。


 が……。


「ぬおっ!?」


 パチンと音がしたと思えばなんと、レインがセリアの薙ぎ払いを両手で掴み取っていたのだ。


「素人でもできる真剣白刃取り」


 レインは冷や汗ダラダラで彼女の剣を払い除け直ぐ様に飛んでいった剣を拾いに行った。


 呆然としているセリアは何が起こったのか分からないままレフェリーの方を見た。判定はまだ出ていないようだ。


「当たらなかった……?」


 当たっていないのを見たはずだがそう思わず溢す。


「相変わらずの馬鹿力だ。もうちょっと人に対しての思いやりを持ってほしいところだ」


 剣を構えたレインはそう愚痴を放った。


「相変わらず? 私とあなたは初対面の……はず……です……」


 自信のないセリアにレインは鼻で笑った。


「僕は弱いから幼い頃良くゴリラにいじめられていてね。その頃のゴリラにそっくりなんですよ、セリア様」


「えっ……?」


 なんのことだろうとなりながらも彼の発言には多く引っかかりが生まれる。初めてのはずなのに初めてじゃないこの戦闘に対しての高揚。


 心臓が少しだけ高鳴る。


「さあ、今度はこちらから行かせて貰いますよ!」


 レインは刃の潰してある剣に魔力を纏わせる。攻撃用ではないなにかだ。


「安直です。これなら相殺でき……」


 両者斜めに斬りかかる。だがレインは剣の向きを変えて防御に切り替えた。魔力の宿っている剣での防御。この行動は流石のセリアも想定外だったようだ。


「やっぱり力で潰そうとしてくるね」


 火花が散る。だがそれも一瞬。彼女の剣は大きな力で弾き返される。その瞬間にレインの剣の魔力も消える。


「初めから……!?」


 強く叩き込んだはずがそれと同等の力で返される。相手の威力を利用したカウンター。大隙を晒したセリアの腹にレインの剣が。


 だが判断の早かったセリアの防御魔法で惜しくも防がれてしまう。


 お互い距離を開けて隙を探る。


「不思議な感覚です……」


「あの一撃を防ぐなんて……勝てる気がしませんよ」


 完全試合だと思っていたが実際はそうじゃない。本当に彼は聖騎士に相応しくないのかもう一度レフェリーや試験官に視線を送った。


 だが彼女に向けられる視線は少なかった。


「何か理由があるんですね」


「理由……」


「良いでしょう。ですがどんな理由があれどやらなくてはならないことです」


 水色の魔力が大気を震わせる。模擬用の剣は強く発光する。そしてその剣は魔力に耐えられず崩壊するが光の剣だけはセリアの手に握られていた。


 レインは無・初級防御魔法(ウォーリオール)を唱え結界を張るが即座に回避行動に移してその場から離れる。


 セリアは防御魔法に対して剣を振るった。


 剣の振った幅に対して前方に蒼白い閃光が伸びる。甲高い音を出して地面を抉りながら巨大な結界に当たる。


 そして閃光の触れた部分が全て爆ぜた。それにより防御魔法も周囲を覆う結界も粉々に砕け散った。


 大迫力の攻撃に観客席にいる生徒たちは肩を震わせた。


 間を開けずに保護用の結界が張られる。


「避けられましたっ」


 右へ左へ視線を移す。しかしそこにレインの姿は映らない。居るとすれば……。


「後ろっ!」


 光の剣が音を出して激しく光る。再び蒼白い閃光が伸びると光線のように真っすぐ飛んだ。攻撃はレインを捉えている。


 彼は無・初級防御魔法(ウォーリオール)で軌道を逸らすが結界が割れてしまう。


 レインの顔が少し強張る。


「無茶苦茶だよ……」


 3枚目の保護用の結界。試験官たちも少しだけ緊張を漂わせている。結界の数には限りがあるのだ。


「防御魔法は一度も成功させてくれなさそうだし……」


 両者の刃が交わる。


 即座に引いたのはレイン。彼女のパワーは規格外で睨み合いになればそのまま押しつぶされてしまうからである。


 そしてまたもや豪快な攻撃を繰り出す。


 彼は衝撃波と閃光を直撃で貰ってしまう。


 真っ直ぐ伸びる魔力の波。地面を叩き割ると間欠泉のように蒼白い魔力が吹き上がる。


 3枚目の結界も破れた。


「直撃……しかし手応えがなかったです」


 警戒は解かずに砂煙の向こうに視線をやる。


「て、手加減してほしいな……防御魔法すら無意味だし」


 剣先に欠けた獲物。致命傷はなんとか避けたようだがこれではもう戦えない。


 それに無・初級防御魔法(ウォーリオール)で防げるような攻撃をセリアは放つつもりはないようだ。


「申しわけありません。加減をしないのはあなたを合格にさせないためです」


「へ、へぇ……実力不足だって言いたいのか」


「申しわけありません……」


「でも、聖人相手にこれだけ戦えれば良いほうだよ。ある人からは3秒も持たないって言われてたし」


 実際セリアは一瞬で終わらせるつもりであった。想定外のことが立て続けに起こってしまったのである。


 初撃、追撃、三次攻撃から五次攻撃まで。彼はそのすべてにおいて致命傷を貰うことはなかったのだ。


 何故彼が聖騎士に相応しくないのか分からないほどに。


「私もこんなことはやりたくないのですが……命令です、ここで終わってください」


 周囲の光よりも強い輝き。


 間合いを無視するほどの超リーチ。


 セリアと対面している観客席からは生徒が次々と避難する。結界は最後の1枚である。


「せ、セリア様! 規定外の魔力量です! 使用をおやめください!」


 レフェリーが忠告するが聞く耳を持たない彼女。


「はぁぁー、僕の学園生活ここで終わり?」


 当たってもダメ、避けてもダメ。防いだら実力バレしてダメ。レインの選ぶ道はすべて閉ざされたかのように思えた。


「──詰んだ」


 光が弾ける。


 セリアの剣を薙ぐモーションがクッキリと、ハッキリと見える。と同時にレインの頭に一つの名案が思い浮かんだ。


「否! 詰んでない!」


「ッ──!?」


 叫ぶレインに動揺したが構わずに大技を放つ。


 会場を真っ二つにするほどの勢いで放たれた斬撃は地面を砕き、結界すら薄氷のように崩す。


 勢いの衰えない彼女の攻撃は前方の観戦席まで伸びて大穴を開けた。蒼白く溶けた地面や建物は二次爆発を起こす。


 砂埃が舞い上がり会場は騒然。その後多くの生徒が観戦を中断して避難をする。


「殺傷能力はかなり落としたはずです……それでも致命傷に──」


 足音が近づく。


 甲高い剣を構える音も。


「危なかったぞぉぉお!」


「うぐっ!?」


 砂埃で誰にも見られていない戦闘。


 それを良いことに二撃三撃と素早い連撃でセリアを後退させる。慌てた彼女は4撃目を防ぐために剣を振り下ろすが……。


「──無・初級防御魔法(ウォーリオール)


「防御魔法!? しまった……」


 防ぐために構えた剣に彼の防御魔法がぶつかる。


 これで両者共に合格の基準を超えた。


「やっぱり油断グセは変わらないみたいだねセリア」


「えっ……」


 突然の言葉にセリアの集中が途切れた。


 懐かしいような、嬉しいようなそんな感覚が彼女を刺激する。


「あ……」


「ん?」


 溜めていた魔力が膨れ上がるように彼女の手から離れた。集中が途切れたことによる無意識な攻撃。


 その瞬間地面から押し上げられるような強い引力でセリアの魔力は爆ぜた。砂埃は掻き消え、残ったのはボロボロになって倒れたレインと無傷のままのセリアだった。

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