54.違法ギルドなら彼の手に
脱出後、聖騎士団より短めの事情聴取をされひとまずは寮まで護衛を付けてもらって解放された。
9日ぶりのシャワーターイム。汚れは全然ないけど、気分を高めるために必須なのだ。まだ最後の仕事が残っている。
「ふんふふーん」
既に夜。ここまで気分良く順調に事が進むと気持ちがいい。
バスルームから抜け自室に戻ると窓は全開で心地よい風が濡れた髪の毛を伝う。
「僕の伝言は上手く伝わったようだ」
そしてその窓からは3つの人影が。
「元気そうね」
一人はホワイトブロンドの長髪エルフ、ズゥーヴァ。
「ドン様の手厚いご支援の元全ての準備が完了いたしました」
もう一人は茶トラのような猫獣人のペゾル。そして最後のこいつは……。
「まだまだ足りないぃぃっ……皮膚から侵入して内側からおかしくするこのもどかしさぁぁあ。優秀な脳は強い刺激を欲しがるるるるる」
薬物投与のし過ぎで髪色が紫色に変色した人間のシェンマー。ありとあらゆる状態異常に耐性がある奇人だ。
彼女もまたエリートファミリー。6番目という意味のマーシェンから名前を取っている。
「シェンマー、落ち着きなさい」
「うるるるる……鎮静剤投与。──チーン……」
驚くほどの即効性と落ち着き方だ。そして注射器をその場に捨てるな。
「シェンマーより報告。我が師の調べ上げた情報は全て正しかった。既に至る箇所に亜神教徒の根が張り巡らされている。学園内にもまだまだいる可能性あり」
凄い、その鎮静剤は性格すら変える恐ろしい劇薬なのか。
「これよりファミリーは大規模なギルド襲撃作戦を行います」
今回は主に関与した闇ギルドたちの掃討を目的にしている。僕たちの資金源でもあるギルドの売り上げを伸ばす絶好のチャンスだ。
「今回も僕は舞台を楽しむだけかな?」
椅子に腰掛け手で合図をするとペゾルとシェンマーが素早い動きで飲み物を持ってきたくれた。
「ドンに出られると相手も萎縮してなにも楽しめなくなる」
頬杖をつき右手をフリーにするとそこにグラスが現れる。シェンマーがオレンジジュースを注ぎ、そして謎の白い粉を入れるのを僕は見逃さなかった。
「おい……」
「ハイになってみんなで優秀な子孫を残し合おう大作戦」
大失敗で終わりだな。
「むがっ!?」
グラスをシェンマーに突っ込む。
「まあそうだろうな。正直9日分の発散をしておきたいところだが……今回は保護者として温かく見守っておこう」
またもやお預けだ。
「申し訳ありませんドン様。まだまだ余興、必ずやドン様には最高のタイミングでお呼びいたします」
「わかった。今回もお前たちの働きを見せてもらおう」
「ありがとうございます」
ペゾルは丁寧だなー。せっかく用意した舞台が早く終わらないように調整してくれるのはありがたいことだし謝ることじゃない。
しかも危なくなったら僕が介入できるようになってるし、どの道裏のボス感が出る。
「私の、一番最初に見に来て」
「ズゥーヴァが最初か。いいだろう。くれぐれも失望させるなよ」
「わかってる」
そう言うとズゥーヴァはやる気満々で姿を消した。速い、僕でなきゃ見逃すところだ。
「私も失礼します」
こっちも消えた。
そして残ったシェンマーは……。
「遊ぼうよぉへへへ」
恐ろしい薬だ。状態異常に耐性がある自身でさえもこうなる劇薬。投与する薬によっては性格そのものを変えてしまうのか……。
「シェンマーは、今日……帰りたくないなー」
お前誰だよ。もはや元々の性格がどれなのかさえ分からなくなる。大人しい少女だったからこそこの変貌っぷりにはいつも驚かされる。
「残念だがお前の遊びに付き合っている暇はない」
「なぁあんでいいでしょー。はぁ……この部屋あっつぅ〜い」
そろそろ僕も行こうかな。
「おふざけは終わりだ」
指を鳴らし魔力の波をシェンマーにぶつけると彼女は正気を取り戻したみたいだ。
「あ、あれ……シェンマーはなにを……うっうわぁぁぁぁあ!」
自身の脱ぎかけた衣服に気づいたのか慌てて元に戻し始める。
「シェンマーはな、ななななぜ裸になろうと!?」
「作戦は覚えてるな?」
「えっ……あ、は、ははは、はい! も、申しわけございませんでしたぁ!」
「ふん……いけ」
「はい!」
そうして最後の一人も消えた。
◇◇◇◇
王都はいつの間にか聖騎士だらけになっていた。そこにはソリスの姿も見え緊張が走っていた。余程の緊急事態でないのなら団長自らが武装する必要がないためである。
「ソリスの奴まで出てきてやがんのか」
逃げ出せたと思えば絶対に鉢合わせたくない人物の登場。
「本部に戻りてぇが聖騎士だらけで身動きが取れねえ」
すぐ目の前には男の所属する闇ギルドが。それを囲うような形で聖騎士が包囲していた。
闇ギルド本部自体に落ち度はないが依頼を受けてしまえば共犯。証拠が出てくればこのギルドは詰みだろう。
「ラドリーギルドの責任者、グラウスだな」
聖騎士の男が巨体な男にそう問うた。
「おうおう、オレがグラウスだが……こんな武装状態でなんの用が?」
「広域誘拐事件について調査をしにきた。協力してくれるな」
「そりゃ構わねぇがうちのギルドは法ギリギリの依頼を受けてる通称裏ギルドってもんだ。難癖つけて違法扱いにすんなよ?」
闇ギルドの謳い文句である裏ギルド。黒寄りのグレーなギルドはかなりギリギリの商売をしているがこのギルドは殺しもやっている完全違法ギルドである。
「違法犯罪者の温床だが事件と関連性がないなら大目に見てやろう。では入らせてもらう」
「好きにしな」
グラウスは対して焦りを見せずに聖騎士たちを中に通す。
「ボス……既に対処してたんだな」
男は建物の影から結果を見守り大ごとにならないように祈る。
「あんたが終われば俺たちも終わりだ」
ゾロゾロと聖騎士がギルド内を調べ上げる。
「グラウス、なぜあんたのギルドがこんなことになっているか分かるか」
「抜き打ち検査みたいなもんだろ」
「しらを切るか。こちらもこの9日間遊んでいたわけじゃないからな」
巨体な男にも負けないほどの気迫。
「この威圧感……おめぇあのルイスか」
「余裕そうだな。俺が誰か分かっていて」
眉間にシワを寄らせて睨む。
「そりゃそうよ。おめぇに潰されたギルドは数しれねぇ。ここ3年で随分と違法ギルドを蹴散らしてきたらしいじゃねぇか」
「今度はお前たちの番ということになる。亜神教会の支援を受けているお前らは我々聖騎士団の敵だ」
「亜神教とは何も関係がない。オレの実家は金持ちだからな」
資金源には困らないと言う。だが大抵はハッタリで終わる。ルイスの表情がさらに険しくなった。
「そうか、だが俺は疑わしきは罰せずをモットーにしている。確信がない状態でわざわざソリス団長を連れて出向くような馬鹿な真似はしない」
そう言うとルイスは一枚の依頼書と入念に調べ上げられた調査書を同時に見せた。
「ちっ……」
依頼書にはラドリーギルドと複数の闇ギルドの名前が指名されており、内容は聖人誘惑や無差別誘惑などが記されていた。
「なぜそんなもんがてめぇらに」
「ここに来る前にタイガという闇ギルドを解体した。手際の悪いようでこれを残してしまったようだな」
「ハッ……だが依頼を受けた証拠はねぇぜ。任命じゃなく指名だからな。従う必要なんざないのさ」
「証拠は既に揃っている。優秀な聖騎士の卵が囚われながらも集めた物的証拠をな」
ペラっと一枚の写真をグラウスに突き出す。
「なっ……!? 依頼承諾書の写し……だと!?」
「監禁場所にこんなものを置くとはあんたの部下もマヌケだな」
「ラッターの奴しくじりやがったなぁぁぁあ!」
外で声だけを聞いていた男は自分の名前を叫ばれると震えた。
「依頼承諾書の写し!? なぜそんなものを聖騎士の奴らがっ。ボスがまずい……だが……くそっ!」
ラッターはボスと自分の命を比べだ結果、自分の命が惜しいようで反対方向に走り去った。
「大人しくしろグラウス。あんたを誘拐の共犯として捕らえる」
グラウスは身を一歩引き、片眉を上げて不敵に笑う。
「簡単に捕まるかよ。ここには相手の最強の戦力が揃っているが、オレの加護の前では無意味だぁぁあ!」
ギルド内の照明が強く輝き出すと瞬時にソリスが動く。
そしてラドリーギルドは大爆発を起こし周囲の建物を巻き込んで大規模な大穴を残した。
「皆さん無事ですね」
ソリスが輝く剣を地面から離すと聖騎士たちを覆っていた結界が剥がれる。この爆発で負傷した者はいなかった。
「しかし団長……!」
同時に証拠とグラウスの姿が消えた。
「──転移の加護ですね。爆発する前に彼の姿が消えました」
「転移!? やはりグラウスは亜神教会の──」
「急ぎましょう。転移の加護はそう遠くへはいけません」
ふわりとソリスと数人の聖騎士は宙に浮き周囲を見渡す。
「ルイスと一番隊は私についてきてください。それ以外は引き続き本件に関わったギルドの掃討を」
『お任せを』
ソリスが先導し、複数人の聖騎士を導く。
ベルタゴスの空を軽やかに移動する軌跡は次第に建物に隠れて見えなくなった。




