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51.再開

 聖騎士団の厳重な警備態勢が整い、ようやく聖騎士学園は稼働を始めた。依然として攫われた生徒が戻って来ることはなく、警備と並行して捜索活動も強化された。


 そして今は授業の始まり。入学してから一度も顔を見せたことがない教師が教壇に立っている。教室に入るや否や無言で用紙を生徒に配り全員が内容に目を通すのを待っているようだった。


「レインくんが誘拐されてしまったのは確実ですか。私としては大損です。学園はことの重大さをわかってないのです」


 そんな中でも独り言をやめないのはミリアナ。平気そうに進行していく授業に嫌気が差してつい愚痴が漏れてしまったようだ。


「ですがマリアという牙を向けてくる生徒が居なくなったのは得です」


 あれからマリアに散々言われたのだろう。怨念の籠もった言葉が平然と口から出る。


「……そのことはさておき今は自分のことです」


 ミリアナは机に置かれた用紙に目を通し始めた。先ほどチラッと見えた内容に目を通す。


 大事な内容だろうか、見出しには「試験について」と書かれていた。




 第一学科試験

 ・『技能演算』

 ・『知識作法』

 ・『世界歴史』

 ・『魔法科学』

 ・『魔法言語』


 第一実技試験

 ・『模擬戦闘』

 ・『防御魔法の展開』




 どうやら予定されていた試験の内容が記されていたようだ。


「勉強は苦手ではないですから余裕ではあるんですけど……問題は実技試験ですね」


 模擬戦闘に関しては試験官の攻撃をもらわずに指定された条件をいくつかクリアするだけでいい。


 防御魔法の展開は1年生のほとんどに当てはまる課題である。これができなければ大型試験を受ける資格を得られないからだ。


「今度の大型試験、先輩方の噂通りであれば全聖騎士学園でのポイントの奪い合い。3年間で最もポイントが多い学園は聖女率いるベルタゴスの鋭兵聖騎士になれる……」


 学年ごとで所持するポイントは区別されており、先代が最下位だからといってポイントを平均化されるということはないらしい。


 そしてミリアナの学年は全ての聖騎士学園に聖人がいる。ポイントが最も高い学園に所属している聖人が次期聖女候補ということになる。


「詳しい説明は大型試験1週間前に通達する、ですか。何にせよ一般試験を突破しなければなりませんね」


 ここで限界だと感じた生徒はその時点で脱落、退学となる。聖騎士になるということはそれほど過酷なことなのである。


「今回の試験はお前たちのスタートラインとなるだろう」


 全員が顔を上げたタイミングで教師はようやく話し始める。


「今年、お前たちの試験担当になったフレイグだ」


 中性的な見た目に声をしている。そこにある情報からでは性別の断定はできない、そんな教師だ。


「見ての通りだが月の始まりには試験がある。ここでは一コマ使って試験がどのようなものか説明していく。と、その前に出欠の確認だ。見た限り2人居ないようだが」


 レインとマリアの2人は今も囚われ続けている。フレイグはその情報を知っておきながらわざとらしく居ないことを強調する。


「レインとマリアだな。1週間前から行方しれず。マリアの魔力痕跡と暴れた痕跡で例の事件に巻き込まれたことは確実だが……」


 フレイグはため息をつきながら用紙をトンと置いた。


「自分の身を守れない聖騎士は要らない。よって今度の試験にこない、もしくは満足な結果じゃなければ即学園から去ってもらう」


 弱い生徒はそもそも要らないと言うことだろう。


「もちろんお前たちも満足な結果じゃなければ退学してもらうからな」


 睨むような鋭い視線に生徒たちは萎縮する。


「自分の命を燃やす覚悟があるやつだけが聖騎士団に入れる秘訣だ。忘れないように」


 感情の籠もっていない真顔。


「それでは残りの時間は自習だ」


 バサッとローブを振り教室を後にするフレイグ。しばらくの間静寂が続いたが直ぐに生徒たちの声で賑やかになる。


「随分と愛想の無い先生です」


「──ちょっといいかな」


 ブーメランを投げたミリアナに近づく2人の生徒。


「……だれ」


 キラキラとしたオーラが似合う金髪のイケメンとその腕を掴む赤紫のツインテールの女子だった。


「ちょっと、同じクラスなのに彼の事知らないなんてどういう事? しかもそれなりに知名度あるのにぃ」


「いいじゃないかフェン、僕のことを知らない人も多い」


 そう言って笑顔を見せる男子生徒。


「いきなりごめん。ミリアナ・ネールさんだよね?」


「いえ違います」


 めんどくさそうだったのか彼女はハッキリと答えた。そして机に向き直り自習に励む。


「……僕の名前はクルス。一応このクラスの名前と顔は覚えているから間違えるはずないと思うんだけど」


「はい、ミリアナです。それではごきげんよう」


 何が何でも話したくないミリアナは感情のない声でいいペンを走らせる。


「なんなのコイツ。もういいじゃん、いこ」


 フェンが彼の腕を引き居心地の悪い空間から抜け出そうとする。


「駄目だよ。僕は彼女と話すことがあるんだ。フェンが嫌なら少しの間友達と話してくればいい」


「嫌だよクルスがこの女に取られちゃう」


「聞き捨てなりませんね今の言葉は。私がいつこんな男を奪うと言ったのですか」


「こ、こんな男……」


 クルスにも聞き捨てならない言葉が吐かれる。


「クルスのこと悪く言った? 話しかけてくれるだけでありがたいのに何よその態度」


「ご自慢のハンドルがうるさいですね。今の魔法技術を使えば喋るハンドルを作れるんですね」


 ツインテールをハンドルと見立てたのだろう。2人は睨み合って言い合いを始める。


「だれが喋るハンドルよ!」


「クラクションが大きいです。むやみに鳴らしてはいけないと習わなかったのですか?」


「はぁぁぁあ? あんたは虫みたいにボソボソしててキショいっての!」


「論点がズレていますよ。今はあなたのクラクションについて話しています」


「クラクションなんてどうでもいいでしょうが! 今はあんたの気に入らない態度について言ってるのよ!」


「話すつもりのない人に話しかけるのが悪いのです」


「人の厚意にその態度はないでしょ! あたしの剣で切り裂くわよ!」


「バカは直ぐに手を出しますね。だから剣でも私に負けるんです」


「まだやってもないでしょうが!」


「2人ともいい加減にしよう!」


 2人の言い合いを止めたのは焦った表情をしたクルスだった。目を泳がせ静かに同じセリフを口にする。


 気づくとクラスはシーンと静かになっており、騒ぐ3人へと視線が向けられていた。それだけならまだ良かっただろう。ただここには生徒以外にフレイグの姿もあった。


「「あ……」」


 フレイグに気がついたのか2人は遺言を遺すと肩の力が抜けた。


「……」


 青い名簿を開き2人の顔を見てフレイグは告げた。


「──ミリアナ。お前は別室だ、ついてこい」


 怒りを抑えているのか表情を変わっていない。しかし目の奥には黒くて恐ろしい何かが覗いていた。


「え……私だけ……?」


「なんだ、聞こえなかったのか。ミリアナ・ネール、お前は別室だ」


 聞き間違いを願ったがどうやらそうではないみたいだ。


「わ、わかりました」


 素直に返事をする一方で余裕そうな表情をしているフェンを睨見つける。


「しばらく私はここへは戻らない。静かに自習をしていろ」


 生徒たちは静かに頷く。


「こい」


 首を傾け彼女についてくるように促すと足早にフレイグは教室から出ていった。

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