49.聖人の誘拐
事態が変化したのはレインとマリアが監禁されてから5日が経過した頃だった。いまだ学園は再開の目処が立っていない。
セリアを含むその他の聖人は何故か貴族寮ではなく学園の敷地、もしくは校舎に居るように指示されていた。
貴族寮から聖人を離すことで被害の拡大を止めようとしている、と言うのが理由らしい。
それが隙となってしまったのかセオルゴス学園の聖人が誘拐されてしまうことに。
「失態です。目的が分かっていながら聖人の誘拐を防ぐことができませんでした」
自身の失態へ苛立ちを募らせ嘆くのはソリスだ。
「ルーアン・レンツ……彼女のことです、無抵抗で捕まってしまったのではと」
ルイスはそう考察する。
「ルーアンは優しいですからね。人質を取られて従ってしまった可能性は大いにあります。それでも人質を取られるような失態は言い訳できません。加えて聖騎士学園以外にも多くの生徒が攫われています」
ただこうなっている原因は聖騎士団の不手際だけではない。誘拐対策を思うようにできないのは、ベルタゴスの法律が足枷になっているのだ。
「上からの命令はありません。私たちが動かせる防衛戦力は微々たるものです」
「ベルタゴス王からの命令はいまだにないのですか!? 防衛陣の議員は何をやっているというのですか」
「沈黙だそうです。この件に関してはまるで興味がないようなので。誘拐事件が落ち着くまでは指示はないと」
ルイスは「ふざけている」と吐き捨てる。
「国のリーダーとして民を守るのは必然のこと。いつから王らは民を見捨てるように──」
「これ以上の失言は許しませんよルイス」
悔しそうな表情を堪えているのかソリスは言いたくもないような言葉を口にした。彼もそれを理解しているのか疲れるような表情を見せる。
「聖人を失ってもなお声を明らかにしない……貴方がたを疑ってもおかしくはないですよ、我が王よ」
「ソリス団長、もう独断で判断しましょう。これ以上の犠牲は国の損害です」
大きな声で、ソリスの膨れ上がった感情に針を刺すように彼は訴えた。
すると団長室の扉がいきなり引かれ誰かが入ってくる。
「ルイス、そんな無茶な提案をせずともようやく君たちの出番が来たというわけだよ」
ノックもせず、無断で入室したのは細身のスーツの中年の男。細い目をソリスに向けて距離を縮める。
「ッ……アルタイル……様。せめてノックを──」
「必要なかろうて。部下と上司の関係だ。そもそも仕事の場にプライベートは存在しないはずだ」
勤務中にプライベートは一切ないと言い切り、ノックをしなかったことを無理やり正当な理由にした。この傲慢な態度に聖騎士団を統べるソリスさえ見逃す他なかった。
ベルタゴス王都の大貴族アルタイル。彼は王都の防衛陣の副代表でもある。ソリスに命令できる一人であるためわざと傲慢な態度で接しているのだ。
「それでだソリス。お前が願いに願った騎士団の主導権、許可が降りたぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「王も重い腰を上げてようやく向き合ってくれるようだ。お前の申請書を何度も見るのは面倒だからな。時間は掛かりこそしたがこれで肩の荷が少し降りた」
そう言ってアルタイルは許可証をソリスの前に突き出す。それを彼女は受け取ろうとするが……。
「何をしているソリス」
許可証に触れる前に彼に止められる。
「この許可証に触れて何をするつもりだったんだ?」
「そ、その許可証は申請が通ったものですよね?」
「ああそうだ」
聖騎士団を動かす仮権利を得たようだがどうやらその許可証に触れるなと言う。
「ならばどういうことですか」
「お前は許可証の文字すら読めんのか?」
もう一度許可証を突き出しソリスに見せる。
怪訝な顔をしていた彼女だったが許可証の内容に目を通し始めるとみるみる表情が変わっていく。怒りのようにも見えたそれは驚きだった。
「な、なぜ……アルタイル様に主導権が……!? 私ではないのですか! それに内容が……」
『アルタイルに一週間聖騎士団の主導権を許可する。騎士団や警備団はアルタイルの権限により活動を中止しなければならない』
要点はそこだけ、
「王都中の聖騎士団を総動員できてしまうのだ。街は確かに混乱状態だが、大いなる戦力を持った聖騎士団が一度に動けばとある問題も生まれる」
アルタイルは許可証をしまって手を後ろに組んだ。
「戦力が手薄になった王都。強力な力を持つ聖騎士団……それにソリスの聖女の力まで加わってしまえば我が王の冠を取られてしまうのではと、そう考えたのですよ」
「理解が及びません。私が国家反逆を狙っているとでも言うのですか?」
「可能性はゼロではなかろう。今の今まで総動員の許可が降りなかったのは国王様の判断だ」
「アルタイル様の方が信用できると……?」
ソリスの思い通りに聖騎士団が力を出せれば隊員の誰であろうと主導権を握っても良いとさえ思っていた。ただ目の前にいるコイツだけには主導権を握られたくないのだ。
考えが読めない不気味な男だ。
「国王様は私を信じておられるのだ。たかが十年で私よりも信用を獲得できると思わないことだな」
「……これからはどのようにお考えになられているのですか?」
何も言い返せないソリスは仕方ないことだと怒りが見え隠れしながらも何とか抑え込んだ。
「そうですね。聖人をこれ以上奪われるのは国の損害……手始めにかなりの人数の護衛を聖人たちに付ける必要がありますね」
「どのぐらいでしょうか」
「セオルゴス以外の三学園に聖騎士団の三割集める。それ以外は全て王族関係者の護衛と我々の警備を──」
「それ以外の学園は捨てると言うのですか!?」
手薄ながらも全ての学園に同じ量の聖騎士を配置しているソリスにとってそれは呑めない指示であった。
「国のトップとその次に重要なもの……それ以外を守る必要がどこにあるんだ?」
「根のない葉は育ちませんよ。今民を裏切ってどうするのですか!」
「権力しかない我々も怯えているのだ。いつ誰が攫われ国が乗っ取られるか分からない。国を再起するのにはまず支配者がいなければならないだろう」
「話をすり替えすぎでは──」
「ふ〜む……今のソリス団長は冷静でないようだ。今日のところはこれで帰らせてもらう」
彼は踵を返した。
「待ってください!」
言葉では止まらない。
こんなところで時間を無駄にはしたくないと言うことだろうか。単に用事は済んだということなのだろうか。どちらにせよ彼は帰ることに決めたようだ。
「ああそうだ、まだお前の行動を命令していなかったな」
すると何かを思い出したのか偉そうにソリスへ指をさして命令を下す。
「お前は王都のパトロールでもしていろ」
まるで今回の件に関わらせないような命令だ。
「以上だ」
「まっ──」
ガチャンとソリスの声は届かず無様に伸ばされた手だけが空を掴んだ。
「ソリス……団長?」
「してやられました。今にでも殴り込みに行きたい程ですが、こんな時にできる行動でもありません」
ため息を吐き、先ほどまで圧迫されていた空気を膨らます。
「迷惑かけましたねルイス」
「いえ……。それよりも今後はどのように行動をなさるのでしょうか」
「パトロール以外に行動は起こせません。自由を与えられたようで牢獄に入れられたようです。しかしできることは少なくはないのですよ」
「というと?」
「ルーアンを探すことです。攫われたら生徒たちも全員です」
僅かな戦力で捜索していたのが、ソリスと言う最高戦力を使えるようになっている。パトロールと言う名目で動けるようになった以上彼女は全力で捜索に取り掛かるだろう。
「なかなか足跡を見つけられませんが全員の無事を確認するまでは歩みは止めません」
長くはない戦い。されど真実を知る時間は短ければ短いほど霧は濃くなり、知れば知るほど潜む闇は深くなっていく。
ルイスは持っている情報を全てソリスに託した後彼女を一人にさせるために部屋を後にした。




