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43.噂は噂

「私たちの噂も結構広まってきたね」


 レインと腕を組むマリアはご機嫌な様子だ。だがこの様子を貴族クラスに認知されるかどうかは怪しいところである。


 クラスも彼らの様子には見慣れた様子。1人増えたようにも見えたがマリアのブロックが強すぎて近づけない様子らしい。


「貴族クラスは僕たちのクラスと違ってそもそも場所が違う。噂が流れているならセリアは飛び掛かって来そうだけど」


「庶民の噂話には興味ないってことかなぁ? でも容姿は完全にお姉ちゃんそっくりだし、嫌でも貴族クラスの耳には入るんじゃないかな?」


 貴族クラスの情報はほとんどない。


 こちらの情報も通っているかどうか怪しいところである。


「みんなバカじゃないんだし髪の長さで判別してる説もありそう」


「でもでも、瓜二つの顔があれば多少は目立つでしょ。私いまだにお姉ちゃんと勘違いされる事あるんだからね」


 隔てられた庶民クラスに貴族が出入りすることは少ない。聖女候補の彼女が庶民クラスに現れれば騒ぎになること間違いなしだ。


 庶民クラスはそこを理解しているのか見た程度では騒ぎを起こさないようにしている


「う〜ん……絶対にあいつの耳に入ってるはずなんだけどなあ。頭でも打って記憶喪失になったんじゃ? というかなんで貴族と庶民でこんなに待遇が違うんだろう。みんな同じ学生じゃん」


「貴族は私たちと違って3年も早く学んでいるからね。実質四年生。学ぶ内容は少し違うし将来が確立されているからね。下手に問題を起こさないように分けて管理してるんだと思う」


「うわー独裁政治体制じゃん。庶民から政治関係の仕事に就くのはハードル高そうだなー」


「飛び級なんて事もできるけどそれは家族が貴族にならないといけないんだよねー」


「……あれ? マリアってセリアが貴族じゃ……ああそう言えば縁切りされたんだっけか」


 家名は破棄され今はレインと同じフォルネルを名乗っている。血は繋がっていないため婚姻することができるのだ。


「まあ私の活躍次第で直ぐに引っ張られると思うけど」


 貴族になる可能性はあるということだがマリアは戻るつもりはない。目的はセリアを聖女にしないことにある。


「もしセリアが止まらなかったら?」


「その時は仕方ない。私たちが陰でお姉ちゃんをサポートするしかない。あいにく私の加護は死者蘇生だしね」


 ハイリスクハイリターンの加護。使えば死者は蘇るがマリアの寿命はゴッソリと減る。


「流石に死んだら言う事聞くようになるでしょ。お姉ちゃんワガママだけど私とレインは大切にしてくれるし」


「僕を含めないでもらいたい」


「む……まあなかなか厳しい戦いになりそうだけどよろしくねー。あ、セリアに存在がバレた時は必死に逃げてよね?」


「どうして?」


「王都に来る前手紙を貰ったんだけど凄まじかったから……」


 彼女は全容は明かさず抽象的に表現した。言葉では言い表せなかったようだ。


「なんか気になるような気にならないような……セリアの事だし自分の話ばっかりだったんだろうね」


「そんな事なかったよ。学園のこととか書かれてて、貴族の生活がどうとかいろいろ書いてあったよ。前半には」


 レインは首を傾げて後半部分を尋ねた。


「後半? あー私とレインの事がびっしり書かれてたよ。凄まじいって感想しか出なかった」


「逃げるのと何が関係あるのさ」


「え、あ……私とレインが付き合っているっていう風に見せてるから多分質問攻めに合うと思う。それにレインはセリアに見つかっちゃうと貴族クラスに突っ込まれる」


 レインは固まった。目を泳がせ理性と戦いながら恐る恐るマリアを見る。


「それってどゆこと? マニーが使い放題ってこと?」


「それもあるけど……聖女候補は誰にでも許婚を強制できるんだ」


「は……?」


「聖女っていつも最前線で危険な仕事ばかりだから死ぬ可能性が高いんだって。死んだら死んだでもう終わり。だから許婚を強制させて20歳手前で1人の子どもを産むんだってー」


 できるだけ優秀な遺伝子は残そうと考えた結果なのだろう。


「ソリス団長も1人産んだらしいよ。誰の子かは分からないけど」


 普通、聖女ではなくその候補が妊娠するのだが今期の聖人はソリスただ1人のため苦渋の決断だったみたいだ。


 聖女の妊娠期間は聖騎士団が弱体化しその後も継続して力が弱まる。


「あー何年か前に王都で祭りがあったな……」


「あっ、話逸れちゃったけど確実にセリアはレインを取りに来るかもねー」


「断れないの?」


「え、断るの?」


「もちろん」


「えぇー!? 聖人だよ? 聖女候補だよ? 私と同じでものすっごく美少女なのに!」


「言ってて恥ずかしくないのかな」


「お姉ちゃんが可愛いということは私も可愛いってことだからね」


「で、許婚を強制させるってことは断れないの?」


 レインの目は死んでいた。


「断った前例がないし……条件が美味しすぎるしデメリットないんだけどなあ。だって貴族になれて、聖女候補の恩恵も受けられてお金持ちで、いい女とタダで子ども作れるんだよ? 聖女と夜の営みってなんか興奮しない?」


「しないしない。それはマリアだけ。僕としては絶対にそんな役になりたくない。相手が誰であってもね。セリアなら尚更だ」


 レインの目的に子作りは入っていないどころか性交渉すらない。ハニートラップ耐性マックスがここで影響する。


「ここまで女の子に靡かないムッツリスケベは居ないんじゃないかな?」


「君がムッツリにしてるだけで普通だよ」


「ふうん。それってじゃあ相手が私でも無理ってことなの?」


「ムリだね」


「即答……乙女心傷つくんだけど」


 ムッと不機嫌になる。


「好きでもない相手にそんな事を言うからそうなる」


「……バカだね」


 マリアは呆れてため息をつく。


「ま、セリアに見つかっても貴族クラスには絶対に行かないね。許婚にもならないし僕は一般人聖騎士として生涯を全うするんだ」


「将来は同じ配属先になると良いね」


「やっぱ気軽に話せる友達がいないと不安ってこと?」


 マリアは首を横に振った。


「知らないところで友達以上の人が居なくなるって寂しすぎるから」


 どこか遠くを見て彼女は呟くように言った。


「それって僕がクビになるってこと?」


「……やっぱりレインはバカだ。鈍感で言葉の意味すら理解できないなんて失望したよ」


「なんで呆れているんだ」


 マリアはそれから喋ることなくただただ遠くを見つめていた。時折ため息をついてはレインに視線をやる。


 彼は書物を真剣に読んでおり気がついていない。


「ふー」


 ボフッと彼女はベッドに倒れ四肢を広げてリラックスする。


「というかなんで僕の部屋にいるのさ」


「気分。スーハー……レインのニオイがするー」


 不貞腐れて枕の匂いを嗅ぎ回るヘンタイは両足をバタバタさせる。


「僕がムッツリスケベならマリアはガッツリスケベだね」


「匂いを嗅ぐのは当たり前だよ。レインだって匂い嗅ぐクセに」


「知らない事を本当かのように言うな。あと下着丸見えだぞ」


 マリアはめくれたスカートを直すことなく両足をバタバタさせる。色白な肌が筋肉を際立たせる。


「見えてるんじゃなくて見せてるの。こんなに無防備な女の子いて襲いもしないとかバカ過ぎるよ」


「僕のことをよく分かっている様な行動と発言だね」


「今日泊まっていい?」


「だめ」


「ケチ」


「寮の規則だよ。帰れ」


「ちぇっ」


 彼女はベッドから飛び出してレインの読んでいる書物を覗く。


「うーん、わかんない」


「古代文字だからね。あ、帰るの?」


「もう暗いしね。あー送ってくれても良いんだよー」


「勝手に来たのなら勝手に帰ってほしいけど」


「そんなこといーわーずーにー」


 レインの腕を引っ張って無理やり玄関まで連れ出す。


「う、うわー」


 彼は思うがままに連れ出され引きずられていった。

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