4.残酷な仲間探し
弾ける音。
まるで水風船が地面で割れたようなそんなみずみずしい音だ。
だが広がる光景はそんな爽やかな場面ではない。赤に染まった地面はまさに地獄。
緑々しい草花は赤に染められ次々に生き血を啜る。
「な、なんだぁコイツはぁ……!」
情けなく叫ぶ盗賊A。形も残らぬ凄まじい攻撃に恐れおののく。
ただの子どもにしては強さが異常だ。
攻撃を掻い潜る凄まじい速さ。
ガードすら砕く凄まじいパワー。
そして全てを圧倒する程の剣技。
歴史ある剣すらそこまでの芸当はできまい。子どもの振るう剣はなによりも鋭く美しかった。
彼の振るった剣の後に形は残らない。
「なんなんだよお前はぁぁ!」
「やっと降参する気になった? もう他人のことなんて考えないかな?」
血に濡れたシルエット。子どもの背丈がそのような姿でいるのは気味が悪すぎる。無邪気に笑う声がさらに恐怖を撒き散らす。
「ど、どどういうことだよ! 俺たちが何したっていうんだよ」
「何もしてないよ。ただ君たちは盗賊らしく勤勉に働いてものを奪い、命を奪った。それに僕は惹かれて声をかけた……だから一度は提案したんだけどね」
子どもは寂しそうにそう言った。
「い、命を奪うって……そりゃ仕方なかったんだ! 俺達も生きるために──!」
「あーあー関係ない関係ない。君たちが誰を殺して誰の幸せを奪おうと知ったことじゃないから。そんな君達を評価しているつもりでもあったんだよ」
「じゃあなんで!」
盗賊Aは仲間の血に触れて叫ぶ。
子どもは血水となった哀れな死体に嗤うだけだった。馬鹿にしたような態度で、馬鹿にしたような声で、馬鹿にしたような言葉で嗤った。
「バカは好きじゃないんだ。犬だって上下関係を理解できる。それすらできなかった君達は死あるのみだよ」
転がっていたボスと思われる首に子どもは剣を突き刺す。
「大体君達はボスがやられた時点で大人しく僕についてくるべきだったんだ。あなたの下につきたいでーす。ってね」
ボスの首を剣に突き刺したまま持ち上げ上下させる。
彼の目からは血の涙が溢れていた。
「ヒイィィィイ!?」
「ハハハハッ! 何度目になるだろうねこれは。ボスの首で遊んで残党に恐怖を植え付けさせる。どう? 考え変わった?」
頭がい骨から喉元まで貫通した剣を地面に突き刺す。
「おっ、やっぱりこれいいねー」
白目を剥いたボスの首は刀身を身に自立していた。
子どもはそれが面白かったのか拍手して喜ぶ。
「変わるわけねぇぇえだろうがぁぁあ!」
股から生温い液体が尻を伝って流れ出す。それでも盗賊Aは噛みしめる。
「ボスをそんなふうにして遊ぶクソガキに! ノコノコとついていく恩知らずがどこにいる!」
拍手していた手が止まる。子どもは目を見開いてボスの生首と盗賊Aの顔を交互に見定めた。
「そっか」
子どもの目は見開いたままで盗賊Aに歩みだす。
ギラリと真っ赤に染まる瞳は盗賊が腰を抜かすのには十分すぎる恐怖だった。
「未練たらたらな部下は必要ないかな。夜も暗いしねんねの時間だよ」
だが幸いにも腕は動く。
子どもに持てる武器はない。もしかしたらローブの下に武器を隠しているかもしれないが今はただの拳だ。
武器を失った子どもに剣を持った大人が負けるはずがない。盗賊Aは勇気を振り絞って震える足を抑えて立った。
今では抜けた腰なんか気にしている暇はない。
この剣がある限り盗賊は剣士であるのだから。
「ボスのカタキィィイ!」
「いいねそれ。守るべき誓いがあると人はより一層強くなれる」
子どもは興奮したように調子よく口を動かした。
盗賊Aは間合いに入った子どもに刃を解き放つ。子どもの短い手足では全く届かないほどのリーチ差。
──いける!
盗賊は心の中で勝ちを確信した。
「でも……守るべき人を守れなかった愚か者だよね君は」
一瞬だった。
子どもの声が聞こえたと思ったら盗賊Aの剣先は何処かへ消えていた。いやそれどころか両腕が吹き飛んでいた。
両腕の欠損の衝撃が走る間もなく盗賊Aの腹部には少年の腕が貫通する。痛みはそちらに集中した。
「がっ……うぼっ……」
子どもは値踏みするように男の腹の中を弄った。
ブチュブチュと音がして激痛が走る。
「汚いね。今君の糞でも握ったかもしれない」
子どもは耳元で囁いて激しく腕を動かした。
「うがぁぁぁぁああ」
こんなにも激痛なのに何故か盗賊は意識を失わない。
「魔力って凄いねぇ。こんな姿なのに君は意識を失わないなんて」
子どもが魔力を流して延命させているようだった。
「ん……?」
するとヒュンと二人だけの空間に音がする。
その瞬間子どもの胸に銀色の刃が突き刺さった。溢れる血の量は異常。心臓を突き刺したのだ。
盗賊Aは朦朧とする意識の中子どもの背後に立つ顔を見つめた。
「聖騎士……だと……なんで……こんなところに……」
盗賊Aは半分の希望とともに声を漏らす。
子どもは口から血を垂らして腕を引き抜いて盗賊を黙らせた。いいや殺した。
「聖騎士……? なんでこんな辺境な森に聖騎士がいるのかなぁ……?」
聖騎士は子どもから剣を引き抜いて間合いを取った。
「近頃盗賊の不審死が相次いでいる」
男らしい渋い声だ。年齢から推測して四十代。かなりベテランの騎士だ。
白く純潔な衣をまとい返り血一つ浴びていない。
「ベルタゴスの領地での事件。流石の聖騎士団も重い腰を上げてようやく真相を探ることにしたが……まさかこんな子どもが犯人とはな……『首祭りの陰』!!」
盗賊の首が剣を貫通して祀られていたことからの異名。目撃者からそう呼ばれ危険人物として指名手配されていたらしい。
「ベルタゴス聖騎士団……君たちと争うつもりは毛頭なかったんだけど」
胸から溢れる血を抑えて子どもは言った。
「聖騎士団は正義で盗賊は悪でしょ? 僕はそんな悪を殺しただけの善良な市民なのに……」
「悪いが貴様にはここで死んでもらう。何をしでかすかわからない人間を放置するわけにはいかないからな」
「見逃してくれないの?」
聖騎士は剣を納めてはくれなさそうだ。
「4年後に行われる『聖人招集』において不安要素は欠いておきたいからな」
聖人招集。国の最上位の地位である聖人を集める儀式のことだ。十年に一度の出現であり、疑いのある人を王都に集結させる行為である。
「次期聖騎士団団長の勧誘をそんな大層な呼び方で呼ぶなんてね。それもまさか平凡な村娘が選ばれたもんね。貴族はどんな反応するんだろうか」
「なっ!? まさか貴様知っていて!?」
「さあなんのことだろう。僕はこう見えて結構運は良いほうなんだよ」
蒸気が立ち上ると子どもの胸の傷は塞がっていた。
「なに!?」
「今は君たち聖騎士団の相手している暇はないんだ。殺しはしないけどお土産はあげるよ?」
「何を企んでいるのかは知らぬが、聖人を招集できなければ聖騎士団は力を大きく失う。防がせてもらうぞ!」
風が揺れる。
大気が震える。
音もなく静かに。
「ッ……!?」
騎士は異変に気がついたのか攻撃から防御へと切り替える。
「いい判断だね」
その瞬間、聖騎士の姿が消えた。
パッ──。そんな可愛らしい音ではなく樹木を突き破りながら遥か遠くへと消えていった。
「聖騎士団……ここまで慎重になるとはかなり余裕がない状況みたいだ」
フードを脱ぐと幼い顔が現れる。
「僕みたいな小物に聖騎士団が動くなんて一体何慌ててるんだって話だよ。それはそうと戦利品……」
グヘヘと喉を鳴らす子どもは荷馬車に目をつけて手を擦った。
「ベルタゴス聖騎士団め。盗賊討伐という世間に貢献している僕の胸を刺すとは何事なんだ」
子どもは顔を歪ませてケタケタと嗤う。
「だけど手を出したのは正解だったね。僕はいずれ裏社会の支配者のドンになるのだから」
ガシャガシャと荷物を漁って金目の物を探す。
「よしよし、まあまあかな。金貨10枚にその他大勢。120万マニー程だけど組織を立ち上げるためには資金がなあ……」
マニーとはこの世界の通貨。1マニー1円の換算。大人の事情ってやつだ。
「まあお金の心配より人員確保の方が難しいんだけどなあ。盗賊全然いうこと聞かないしどうしたもんかな──」
その時子どもは荷物の後ろで聞こえる微かな呼吸を聞いた。人がいる。
子どもは目を血走らせながら接近しそれを掴む。
檻だった。シーツをめくるとそこには可愛らしい少女の奴隷がいたのだ。
「──ッ!?」
少女は怯えていた。いきなりシーツを捲られ、目の前には何かに飢えた恐ろしい目を向ける子どもがいたのだ。
体を小刻みに震わせる少女は耳が尖っていた。
「アヒャ、いいことぉ思いついたぁ!」
目を光らせた子どもは少女に腕を伸ばしそして……。